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こうやって過ぎていく街から

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 すべてがわかれば、すべて終わると思っていた。問題などなにもないのだと。けれど違った。
 何も解決されていない。心痛はいや増したのだ。全てを知り、けれどすべてが思い出せなかったらどうすればいいのか、そんな不安ばかりが胸を渦巻く。
 携帯を開き、画面に表示されているメールと着信。メールを読む気にはなれなかった。どうせ、戻ってこい、と繰り返しているだけなのだろう。これ以上億劫にはなりたくない。
 携帯を放り投げようとした瞬間、ドアが開いて帝人が顔を覗かせた。携帯を振りかぶっている臨也に瞠目する。
「どうしたんです?」
「別に……」
 ゆっくりと腕を下す臨也の傍に寄り添うように、帝人は座った。
「ずいぶん、苦しそうな顔をしてますね」
 そう言って臨也の頬に手をあてるものだから、臨也はどうしてだかぐぅと胸が詰まって、思わず泣きそうになった。
 華奢な手に、自分の手を重ねる。
「この手の傷は、春香が?」
「掠り傷です」
「腕も怪我してるって聞いたよ。腕どころじゃないって。俺のせいだね」
「セルティさんですね……。言わないでってお願いしたのに」
「すまない……こんなことになってしまって」
「あなたのせいじゃない、って言ってもきっと納得してくれないんでしょうね」
「できないよ、到底」
 帝人は、すぅ、と息を吸った。
「僕が、僕のためだけにしたことです。怪我をしたくなければ情報屋になんてならなければよかった、それだけの話ですよ臨也さん。実際周囲の人たちは何度もやめろと言いました。それでも僕はやめなかった。それはあなたのためではなく、僕のためだったからです。人間なんて、他人のためにそんなに労力を使えないものですから。さて。少しでも気分が良くなったなら、何か食べますか?それとも水?」
「水……」
「はいはい」
 帝人は僅かに頭を上げた臨也の口元にペットボトルを当てる。
「悪いと思うなら元気になってもらわないと困りますよ。折角の感動的な再開が、アルコール臭にまみれてるなんてどうしてくれるんです。僕にはこっちの方が問題です」
「それも、うん、ごめん。反省してる」
「当分禁酒してもらいます」
「うん」
 ごくごくと水を飲むと、胸の中でむかむかしていたものがすっと流されていくようだ。それが水の効果なのか、帝人の効果なのかは不明だが。
「帝人君」
 新羅の忠告通りその名を口にすると、帝人が顔を顰めた。
「今度は新羅さんの入れ知恵ですね?」
「俺は前、そういう風に君を呼んでたって。嫌だった?」
「嫌じゃないですよ」
 帝人はへにゃりと眉尻を下げたが、嬉しそう、というよりは戸惑っているという印象を受ける。臨也は臨也だが、やはり記憶のない彼のことを帝人も受け止められないのかもしれない。
 帝人は、ベッドの下に置いていたのだろう、黒い鞄を取り上げて、中から携帯を2台、財布、辛うじて服とわかる布きれをとりだした。
「あなたが怪我をしていた時に持っていたものです」
 臨也は静かにそれを見つめる。
 何も持っていないはずだった。そう、思っていた。いや、薄々勘付いてはいたのだ。記憶を失ってはいても、違和感は残っていた。
「勝手に充電をしておきました」
「中を見てもいい?」
「もちろんですよ、あなたのものなんですから」
 携帯を開く。契約はとうに切れているだろうから、メールや電話をすることはできないが、送受信履歴は残っているだろう。
 と、思っていたのだが、履歴はまっさらだった。
「……壊れてる?」
「一々消してたんですよ。残ると面倒ですからね。ちなみに、アドレス帳の名前もでたらめなので、発信して誰につながるかわかるのもあなただけです」
「俺ってマジで情報屋だったんだ……」
「そう言ってるじゃないですか」
「や、いかんともせん信じがたいというか……」
「無理もない話ですけどね」
 臨也はしばらく携帯をいじって、ふと帝人の顔を見た。
「で、このアドレス帳に君の名前がないのはおかしいって思うのは俺だけかな?」
「記憶はなくなっても、思慮深い所はそのままですね。嬉しいですよ」
 帝人は苦笑して、黒い携帯を出した。
 臨也は無言で受け取る。帝人がこれを臨也にわたすつもりだったどうかはわからない。もし臨也が言わなければ渡さなかったのかもしれない。充電はきちんとされていた。
 携帯のアドレス帳には、竜ヶ峰帝人、の名前だけが登録されている。この携帯だけは送受信履歴もしっかり残っていた。重要なやりとりをしていなかっただけか、それともそれ以外の理由があるのかは、四年前の臨也にしか知り得ない。

【仕事に行くよ。しばらく連絡はとれないかもしれないけど心配しないで、君はいつも通り仕事をしてくれ】

 一番上のメールにはそんな文章があった。
 次々、メールを開く。
 ただの挨拶、とりとめもない内容、さまざまな履歴。過去のやり取り。
 臨也は初めて、自分、を見たような気がした。
 そこには、臨也に関する情報などひとつもない。ただ淡々とした文章だけがある。しかし、帝人や、新羅や、セルティから聞かされた【折原臨也】の人物像よりよほど生々しく臨也の中に飛び込んできた。
 自分は間違いなく【折原臨也】であるのだと。

「――、一か月」

 帝人がぽつりと言って、臨也は携帯をいじる手を止める。
「一か月間、連絡が取れなかったら、俺は死んだものと思ってくれ……。いつだったか忘れてしまいましたけど、あなたに言われたんですよ。あなたは敵が多かったですから、いつ死んだっておかしくなかった。僕、あなたになんて返したか覚えてないんです。きっとね、適当な返事をしたんだと思います。あなたって心臓刺されても死にそうにない人でしたから、全然危機感を持ってなかったんですよね。こんなことになるなんて、わかってたら……、もっとちゃんと話をしたのに……」
 臨也は体を起こして、ぽつぽつ、落とすように話す帝人の手を、ぎゅっと握った。
「君は、俺のなんなんだ」
「上司と、部下ですよ。ただの」
「俺は、もう嘘はいらないんだよ帝人君」
 そのまま手を引いて抱きしめる。柔らかく、甘い匂いがした。
 抵抗をするつもりなどないのか、帝人は引かれるままに臨也の胸に身体を預けた。
「俺は君の手を握ったことがある。こうやって抱きしめたことも、頬に触れたことも、頭を撫でたことも、あるはずだ。本当はどうだった?ただの上司と部下なんてありえない。だって俺は、君をよく知りもしないのに、今だってキスしたいと思ってるんだから」
 帝人がぎゅうっと臨也を抱きしめた。
 少しだけ体を離して、黒よりももっと深い色をした瞳で臨也の瞳を覗き込む。
 どちらからともなく、唇を寄せる。ただ、触れ合わせるだけの口づけだった。