こうやって過ぎていく街から
「あなたは僕の上司で、僕はあなたの部下。恋人なんかじゃありませんでしたよ。ただ、僕はあなたが好きでした。あなたが僕をどう思っていたかは知りません。手を握られたことも抱きしめられたことも頬に触れられたことも頭を撫でられたことも、セックスしたことも、ありました。でも、そこに愛があったかと問われると、本当にわからないんです。あなたは人間が――人類というものが大好きで、人間を観察することや感情の機微、生態を知ることが大好きで、僕はあなたにとって、たくさんいる人間の中の一人、というだけだったんです」
「俺、本当に最悪なんだね」
「最初から言ってたでしょう?」
帝人は泣き笑って、臨也の胸に再び顔を埋める。
「あなたとホテルで会った時、息が止まるかと思いました。泣きそうでしたよ。本当のことを洗いざらいぶちまけたかった。でもできなかったんです、怖くて……。全てを知って、あなたが春香さんを選んだらきっと僕は生きられなかった。酷いでしょう?四年間、死に物狂いで探したあなたを前にして、僕は保身に走ったんです。二回もあなたを失うなんて耐えられなかった」
「でも、君は全部教えてくれた」
「それはただの結果論ですよ。途中までは本当に迷いました。どちらかというと、このままそっとしておこうと考えていたんです」
「それは酷いな」
「ね、酷いでしょう?お互い様ですよ」
鼻声であることを除けば、帝人は淡々と話していた。段々と冷たくなるシャツだけが、彼女が泣いていることを伝える。
「俺は――四年前の俺だけど――君を愛してたはずだよ。特別な意味で」
「そうだといいですけど……」
「記憶を取り戻して証明してみせようじゃないか」
「それで【別に君のこととか好きじゃないよ】とか言われたら首括りますよ僕は」
「なんでそんな悲観的なの?」
「あなたって、面白がってそういうこと言う人なんですよ」
「……俺もしかしたら、思い出さない方がいいのかも」
「そんなこと言わないで頑張ってみてくださいよ。思い出せなくても捨てたりしませんから」
「君に捨てられたら俺こそ首を括りそうだ」
ふ、と笑って、ふたりはまたキスをした。
過ぎ去ってしまった時間の隙間を埋めるように。
作品名:こうやって過ぎていく街から 作家名:すがたみ