こうやって過ぎていく街から
「愛し合う二人は運命の再開を果たして幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
特に面白そうでもおかしそうでもなく言った新羅に、セルティは首を傾げた。
【なんだ、突然?】
「で、終わらないのが現実なんだよねえ悲しいかな」
【嫌なことを言うな】
「いやいやでもさ、これで終わるわけないって。臨也の恩人?どんな人かはわからないけどさ」
【昨日ちらっとみた。なんかこう……女という生き物の集大成のような……】
ぞく、っとセルティは身を震わせる。臨也の恩人は刃物を持っていた。ということは、最初から帝人をどうにかしようと考えていたということだろう。あれってもしかして修羅場だったのか?と今更ながらにセルティは考え込む。
「あ、怖い感じだねそれ。そんな子がさ、これで終わらせると思う?思えないなあ僕は。なんか仕掛けてくると思うよ絶対。もう会わないってわけにはいかないからね。臨也、養子縁組してるんでしょ?籍抜かなくちゃだし」
【何か起こる前に、アクションを起こした方がいいだろうな。家の周囲をバイクでぐるぐる走ってみようか】
「やめときなよ、君が最も恐れる白バイ隊がやってくるから」
【白バイ!】
「怖いだろう?もっと決定的な何かをしないと駄目さ」
【……帝人君が、昨日決定的な何かをしたような気もするけどな】
「え、何したの?」
【なんていうか……怖かった……いつもの帝人君じゃなかった……。私だったらもう関わらない】
ぶるぶる震えるセルティに、新羅はぽぅっと頬を染めた。
「恋心は厄介だよ。失恋して相手を殺しちゃう人もいるぐらいさ。僕だって、セルティの昔の恋人なんかが今更出てきたら絶対殺すもん」
【例えそんなのがいたとして、今更やって来ても新羅から離れたりしないぞ私は】
「……いま、全力でセルティへの愛を叫びたいところだけど空気を読もう。全力で。セルティはそうでも、相手はそうじゃないかもしれない。力づくでセルティを連れて行こうとするかも。そうしたら私は、」
新羅は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「殺すなあ、やっぱり」
それが、セルティであるか相手の恋人であるかは、新羅にさえわからない。
***
黒い高級車内にて。
帝人は四木と相対していた。
スモークが張られた窓の外は闇。
街のネオンは夜を殺す。
四木はやはり煙草を吸わず、手慰みのようにジッポを触っていた。カチン、と時折思い出したように開閉する。
「折原さんが見つかったそうですね」
唐突に言われた言葉に、帝人は驚きを無表情の中に押し隠す。
臨也を彼の事務所に連れて帰って、昨日の今日だ。知っているのは帝人と新羅とセルティだけのはずだった。情報が漏れるはずがない。
「よく、ご存知ですね四木さん」
「さて。私はとある情報を持っています。買いますか?」
「詳しく伺いましょう」
「折原臨也を殺そうとしたのが誰か、ですよ」
帝人はゆっくりと瞬きをした。四木は別段帝人をからかっているようでもなさそうだ。彼はいつも通り、丁寧な物腰の中に上からずんと押しつぶそうとでも企むような威圧感をもっていた。
「あなたは高く買ってくれそうですので」
淡々と話す四木に、帝人は改めて向き直る。
「いつからご存じで?」
「そうですね。三年七か月前ほどです」
臨也が姿を消した一か月後だ。
つまり四木は、帝人と臨也の関係を知っていながらずっとその情報を隠していたことになる。
「どうします?」
「――四木さん」
「はい」
帝人は目元と口元に美しく均等な笑みを刻んだ。
「私、情報屋をやめることにしたんです」
「ほぅ。それはまた、どうして。やっとものにできたのではありませんか?」
「愛に生きることにしたんです」
「困りましたね。いろいろと後ろ暗いところを知っている人を、そうやすやすと手放すわけにはいかないんですよ、こちらとしても」
「ところで四木さん。私はとある情報を持っています。買ってくれますか?」
「詳しく伺いましょう」
「折原臨也さんを殺そうとしたのは誰か。そしてその方が今どうしているのか、ですよ」
四木ははっと乾いた笑みを飛ばす。
「ご存知でしたか」
「四木さんも知っていたでしょう?」
「ええ、まあ」
「そして、もう一つ――一つ、というのとは少し違いますが」
「それも伺いましょう」
「四木さんが欲しいと思っている情報。私に依頼をするのは癪だと思っている情報。知りたいけどあなたの立場的に情報屋に依頼するのはまずい情報。その全てですよ」
四木はちろりと帝人を見る。カチン、とジッポの蓋が開く。
「情報屋はやめますが、ちょっとしたつかいっぱしり程度ならどうぞお申し付けください。危ない橋は渡りませんが」
「残念ですね。折原さんは記憶喪失だとか。あの方ももう情報屋はやめてしまうんですかね」
「さあ、それは私にはわかりません。四木さんは情報通ですし、情報屋を雇うこともないのでは?」
「しがらみが多いもので」
「偉くなりすぎるのも困りものですね」
帝人はポケットからディスクを取り出した。
「どうぞ」
「いただきましょう」
四木の片手にディスクを落とし、肩を竦めた帝人はドアレバーに手を掛けた。
四木はもう何も言わなかった。帝人ももう話すべきことはない。四木がこれ以降、帝人とコンタクトを取ることはないだろう。情報屋でもない人間に仕事を頼むことは、彼の矜持が許さない。
池袋の夜。
星の代わりにネオンが輝く夜。
帝人は空を仰いでため息を落とす。
流れる星ではなく、ちかりと点滅するネオンに願いでも唱えてみようかと考えながら。
作品名:こうやって過ぎていく街から 作家名:すがたみ