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こうやって過ぎていく街から

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 折原臨也には双子の妹がいる。両親は海外に出張中だと、帝人が言っていた。
 チャイムがなって、玄関扉を臨也が開けた。
 立っていたのは帝人と同い年ほどの女が二人。髪型や身体つき、服装が違うだけで、顔は良く似ていた。臨也とも似ている。
「イザ兄!」
 眼鏡を掛けた髪の長い方の女が、満面の笑みで臨也に走り寄る。どうしよう受け止めた方がいいのかな、と迷った臨也は、次の瞬間、背中にぞわりとしたものを感じて、反射的に床にしゃがみ込む。
 ひゅおん、と何かが風を切る音がする。
 スカートが捲れるのも構わず、まるでバネのようなしなやかさで首めがけて蹴りをかましてきたのだ。ドッドと煩い心臓を押さえて臨也は冷や汗を流した。
「ああ!もう、殺るなら今しかないと思ったのに!」
「な、なんでお兄ちゃんを蹴ろうとするのかな……しかも急所を狙って。ていうか殺るって……?」
「兄(にいさん)……久(ひさしぶり)……」
「え、あ、うん、久しぶり」
 大人しそうな方の女が、じっと臨也を見る。どうやらこちらに敵意はないらしい。
「もう!三年八か月もなにしてたのさイザ兄!あと四か月遅かったらお葬式してたところだよ!」
「記憶(きおく)……喪(そうしつとか)……笑(わらえるね)……」
「ほぉんと!ばっかだあ!じゃあさじゃあさ、可愛い妹のこと、これっぽっちも覚えてないってこと?ひっどいよね!」
「これっぽっちも覚えてない。悪い」
「じゃあ自己紹介から始めないとね!私は妹の舞流!こっちはお姉ちゃんの九瑠璃だよ!」
「まいるとくるり……?」
 自分の名前を知ってから薄々思っていたことが、今、決定的となった。
 名前、変わってるなあ……。
「えーっと、双子の妹たち、だよね」
「肯(うん)……」
 えーっと、と臨也が次の言葉を探していると、後ろから帝人がやってきて「中で話をしたらどうですか?」と助け船を出した。
 場所を玄関からリビングに移す。
「お父さんとお母さん、来週戻ってくるって!良かったねイザ兄!」
「うん。九瑠璃と舞流はいくつ?」
「23歳だよ!イザ兄とは八歳差だね。それにしても四年も記憶喪失だったなんて本当にウケるよね!テレビに情報売ろうよ!きっと大きく取り上げてくれるよ!」
「出演料(しゅつえんりょう)……頂(もらおうよ)……」
「そうだね、もらって豪遊しようよ!」
「そんなもらえないだろ」
「二人とも、何飲みます?」
「オレンジジュース!」
「同(おなじものを)……」
「ありがとう帝人さん!」
「感謝(ありがとうございます)……」
「いえいえ。臨也さんはコーヒーで良かったですか」
「うん。ありがとう」
 帝人がキッチンに消えるのをまって、舞流はぐいと身を乗り出した。
「ね、ね。記憶のない間、どうしてたのイザ兄!」
「……興味(気になる)……」
「助けてもらった人の所で仕事してた」
「危ない仕事?」
「普通だよ。経理とか、いろいろ」
「イザ兄無駄に頭いいもんねえ。そうゆうところは忘れてなかったんだ?」
「全生活史健忘っていってね、自分のことはわからなくても、生活の仕方は覚えてるんだ」
「……都合(つごう)……良(いいね)……」
「ほんっとイザ兄って悪運強いよね!さすが私たちのお兄ちゃん!」
「君たちは、俺がいない間どうしてた?」
「どうも?ふっつうに日常を過ごしてたよ。イザ兄なんて、普段からいないようなもんだったし。でもちょっと悲しかったかな」
「今(いまは)……嬉(すごくうれしい)……」
「ね、嬉しいね!ねえイザ兄!」
「ん?」
「帝人さんと結婚するの!?」
「げほっ……なに……?」
 舞流の唐突な言葉に、臨也は咽て、訊き返した。
「だーかーらー!結婚!」
「なんだよ突然」
「葬式(そうしきが)……結婚式(けっこんしきに)……変(かわるなんて)……幸(しあわせだね)……」
「ドレス買わなきゃ!あー、でも、着物もいいかも!迷うねクル姉!」
「迷(まようね)……」
「しないよ結婚なんて。少なくとも記憶が戻るまではできないだろう?」
「そんなことないよ!すればいいじゃん、結婚!イザ兄、帝人さんのこと好きでしょ?」
「好きだけどね」
「イザ兄いなくなった時の帝人さん、すごかったよ?このまま死んじゃうんじゃないかってくらい!青葉君とか発狂しそうだったもん。イザ兄探し出してぶち殺すって息巻いてた。あの子も帝人さんのこと大好きだもんねえ」
「青葉君?」
「あ、気になるんだ?嫉妬?嫉妬?」
「……醜(みにくい)……」
「違うよ。九瑠璃か舞流の恋人?」
 九瑠璃と舞流は顔を見合わせた。
「元クラスメイト?」
「其(それ)……以上(いじょう)……」
「でも恋人じゃないよね?」
「好(すきだけどね)……」
「私たちにはいい人だよね青葉君て」
「少(すこし)……兄(にいさんに)……似(にてるかな)……」
「そうだね!腹黒いとことかそっくり!」
「そういう男と付き合うのはやめなさい」
「帝人さんにこそ言いたいよね、それ!イザ兄に比べれば真面だよ青葉君は!」
「実の妹にまでこの言われよう……俺ってほんと……」
「だってイザ兄クソヤロウだもん」
「最低……」
「またそれか」
 臨也が項垂れ、九瑠璃と舞流がクスクス笑っていると、盆の上にオレンジジュースの入ったグラスをふたつ、コーヒーカップをひとつ、載せてやって来た。
「なんの話ですか?」
「あのねえ、帝人さんとイザ兄が、」
「舞流!」
「なんでもありませ〜ん!」
「積もる話もあるでしょうし、僕は席を外しましょうか?」
「いや、いてほしい」
 九瑠璃と舞流もうんうんと頷く。
「帝人さん気を付けた方がいいよ〜。イザ兄が戻ってきたって知って、青葉君が殴り込みかける算段してたから!」
「青葉君が?まったくもう、仕方がないなあの子は」
「彼(かれ)……貴方(あなたが)……好(すきだから)……」
 帝人はちょこりと肩を竦める。青葉という人間を知らない臨也はもやもやしたものを抱えて、温かいコーヒーを口に運ぶ。
「そうだ!近々ね、みんなでご飯食べようよ!正臣さんとか、杏里さんとか、とにかくたくさん呼んで!静雄さんにも声かけておくね!ロシア寿司とかいいんじゃないかと思ったんだけど、静雄さんが暴れるかもしれないからダメだって!残念だね!」
「本当……」
「それならここか、僕の家を使う?それぐらいなら収容できると思うけど」
「いいの!?」
「構わないよ」
「やったあ!帝人さん大好き」
「大好」
「イザ兄、静雄さんのこと覚えてる?」
 舞流がにやにやしながら問いかけた。清楚な顔が台無しな笑い方だ。
「いや、覚えてないな。俺の友達?」
 舞流はけらけらと笑った。
「イザ兄に友達とかいるの!?」
「俺……友達いないの?」
「私は知らないな!クル姉は?」
「否(しらない)……」
「いますよ。新羅さんとか、門田さんとか」
「新羅は俺と友達かどうかわからないって言ってたけどね」
「新羅さんは、基本的にセルティさん以外の人間は十把一絡げですからね。でもお友達だと思いますよ。あなたとまともに話してたの、新羅さんぐらいですし。敵と信者と脅迫してた人はたくさんいますけど」