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こうやって過ぎていく街から

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 宮城の家は都内の高級住宅街にある。ネオンや、酔漢の怒鳴り声や、改造したマフラーの音に悩まされることもない街だ。
 タクシーから出ると、一気に太陽が体を焼け焦がす。
 宮城家はぐるりと背の高い壁の中にある。鉄の門扉のすぐ横にあるインターホンを押すと【はい】春香の声がした。
「俺だよ」
【いま開けるわ】
 門扉が自動で開く。
 玄関までのアプローチをゆっくりと歩く。
 庭に花はなく、緑だけがすくすくと育っていた。
 記憶を失ってからのほとんどを、臨也はここで過ごした。それでも、帰ってきた、という気分にはならない。
 玄関扉を開けて待っていた春香が、臨也の顔を見てへにゃりと泣きそうな顔をして「おかえりなさい」と言っても、到底【ただいま】とは返せない。少し困って「久しぶり」とだけ言った。
「パパも中で待ってるわ」
 通されたのは応接室ではなく、リビングだ。仕事を抜け出してきた孝三が、スーツを着たまま厳めしい顔をしてソファに座っている。春香もその隣に座り、臨也はテーブルを差し挟んで腰を下ろした。
「お久しぶりです孝三さん」
「記憶が戻ったそうだな」
 【久しぶり】も【おかえり】も【元気そうだな】もすっとばして、孝三は苦々しい声で唸った。
「おかげさまで」
 それを皮肉ととったか、孝三がふんと鼻を鳴らす。
「それで、話とはなんだ。わざわざ仕事を抜けさせたんだ、それなりの話なんだろうな」
「記憶が戻りました。養子縁組を解消していただきたいんです」
 がん、と孝三がテーブルを打つ。上に載っていたカップががしゃんと耳障りな音をたてる。
「助けてやった恩も忘れたか!」
「助けていただいたことも、籍にいれていただいたことも感謝しています。ですがその恩も、あなたの元で働くことで十分返せたと思っています」
「なんだと!?」
「私は有能な部下だったでしょう?」
「この……!」
 言葉にならないのか、孝三は赤い顔をして握ったままだった拳をぶるぶると震わせる。
「応じていただけない場合はこちらにも考えがあります」
 臨也は笑みを作った。その笑みはきっと、写真で見たあの【折原臨也】の笑みと同じだっただろう。吐き気がする。
「孝三さん、あなた、脱税してますよね?」
「なんのことだ」
「深い仕事まで手伝わせていただいたおかげで、色々と知ることができましたよ。例えばそうですね。他にも春香の前では口に出せないことも、俺は知っています」
「お前は……どういうつもりだ!」
「平和的に養子縁組を解消したいだけです。裁判を起こすのも面倒ですしね。あなたが俺の望みを叶えてくれるのなら、秘密は秘密のままずっと隠しておきますが、そうでない時は洗いざらい全てをぶちまける準備はできています」
 春香が、不安そうに孝三と臨也の顔を交互に見詰めた。
「死にかけていたお前を助けて、全部手配してやっただろう!俺が助けていなければ、お前はとっくに死んでいたんだぞ!」
「恩義は感じています。だから俺は今まで黙っていたんです。記憶を思い出したのに、このまま養子に入っているというのもおかしな話でしょう?さあ、どうします孝三さん」
「……今すぐ出て行け!もう二度とその顔を見せるな!」
「応じていただけるということですね。ありがとうございます」
 これ以上の長居は無用、と臨也は頭を下げて立ち上がった。春香の声が聞こえても構わず玄関に向かう。「追うな!」と春香が孝三に怒鳴られている。娘に甘い孝三が彼女に怒鳴るのをきいたのは初めてだ。よっぽど腹が立っているのだろう。
 玄関で靴を履いていた臨也に、春香が縋る。孝三の姿はなかった。
「お願い優人、パパに謝って!今なら許してくれるわ!私も一緒に謝るから」
「許してもらう必要はない」
「だって……優人あなた、まだ記憶は戻ってないんじゃないの?優人の過去をあの人は知っているかもしれないけど、でもそれはあなたじゃないわ。一緒にいるのは辛いんじゃないの?情報は手に入ったんだから、思い出すまでここにいたらいいじゃない」
 抱き着いてくる春香の体を、やんわりと押し返す。
 宮城親子に助けられたのも、春香の愛も、三年八か月をここで過ごしたのも、本当だ。確かに春香は、【優人】のことを帝人以上に知っているだろう。彼はまだ【折原臨也】ではない。こんな時【折原臨也】ならどうするだろう?

 決まっている。こんな提案にのるはずがない。

 臨也はポケットの中の携帯を出した。いま使っているものではなく、過去、帝人とだけやり取りをしていた携帯を。

「……帝人君が返してくれたよ。君が持っていたんだね」
 春香は怯んだような顔をして、きっと顔を険しくした。
「あなたを愛してるのよ。どうしても傍にいたかったの、わかって優人」
「君は愛という言葉を、まるで免罪符のように使うけど、そんなのは愛じゃない」
「愛の形なんて色々だわ」
 臨也は頭を振った。
「俺には受け入れられない愛だ。確かに俺は情報ばかりを手にして記憶は取り戻せないでいる。辛い時もある。でも、彼女といるのは不幸じゃはない。愛しているからだよ。君じゃない。俺は竜ヶ峰帝人を愛してる」
「あの人には、会ったばかりじゃない。あなた勘違いしてるのよ。彼女が愛してるのはあなたじゃないわ。折原臨也って人。あなたじゃないの」
 痛いところをついてくる。
 臨也は目を伏せ、拳を握った。そうしないと何をするかわからなかったからだ。
「君は会ったばかりの俺に恋をしたよね。じゃあわかるよな?時間じゃないんだよ」
「……あなたがこのまま行くっていうなら、私、死ぬわよ。あなたがいないなら生きてたって意味ないの」
 震える声で告げる春香に、臨也は笑う。
「君は好きでもない人間の死に一々心を痛めるのか?変わってるね。たったひとつ傷がついてしまっただけの携帯を買い替えるのと同じだよ春香。最初は使い勝手が悪いかもしれないけど、そのうちすぐに慣れる」
「優人!」
「俺は優人じゃない!」
「じゃああなたは誰なのよ!優人でもない、折原臨也でもない!あなたはいったい誰だって言うのよ!」
 長い髪を振り乱して叫ぶ春香に、臨也は反論できなかった。
 だれ?
「俺は、」
 お れ は、――
 折原臨也であるとは、言えなかった。どうしても、言えなかった。
「おれは……」
「答えられないんでしょう?そんな辛い想いなんてしなくてもいいじゃない。ここに住むのが嫌なら、一緒に家を出ましょう?あなたとなら私、なんでもできるのよ」
「……今後、俺が君と会うことはないよ」
「待って優人!優人!」
「俺は優人じゃないし、君のことも愛せない!もう二度と君とは会わない!」
「優人!」
 玄関から出ていく臨也の背中をかなきり声が叩く。
「殺して!殺して、殺して、殺して!早く彼を殺して!早く!あんな女に渡さない、絶対に渡さないわ!」
 臨也は跳ねるように春香を振り返った。涙を流した春香が、立っていることができないのか、膝と手の平を床について「殺して!」と繰り返し叫ぶ。
 玄関の扉が開いた。臨也は警戒して玄関へと走り戻り、ポケットの中のナイフを素早く取り出して構えた。
「失礼」