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こうやって過ぎていく街から

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「ピンポイントにしか覚えてないよ……」
「それでもいいんです。嬉しい」
「めでたいな!」「普通の鍋食おうぜ」「なー、勝手に酒とっていい?」「なんにしろ良かったじゃん」「そのうち全部思い出すんじゃね?」「思い出さねくてもおもしれーけどな」「とにかく普通の鍋食おうぜ」
 それ以降は互いの声すら聞き取れないどんちゃん騒ぎが繰り広げられ、アルコールをしこたま飲んだ男どもが死屍累々と床に倒れるまで、そう長い時間はかからなかった。

***

 眠くなった女性陣は、ゲストルームのベッドで小さくなって眠り(飛び込もうとした正臣を帝人の鉄拳制裁が襲った)、眠っているのか意識がないのか死んでるのかわからない男どもはごろごろ床に転がっている。
 酒を飲まなかった新羅、そもそも飲食のできないセルティはソファに座って愛を語らっていた。主に、新羅が一方的に。
「楽しいねぇセルティ」
【ああ】
「臨也、心配しなくてもすぐに記憶戻るかもしれないね」
【帝人君が喜ぶな】
「籍も抜く用意はしてるって言ってたし。これぞめでたしめでたしかな?」
【良かったじゃないか。それが一番いいだろう?】
「本当は怖いグリム童話って知ってるセルティ」
【知らない。言うなよ、夢が見られなくなるから】
「ロマンティストなセルティもかわいいようげっ」
【人の家であまりくっつくな】
「セルティから与えられるものなら痛みだって愛おしいさ……」
 そんな感じで、いちゃいちゃしていると、眠ってしまった帝人をベッドに運んでいた臨也が戻ってきた。彼は比較的アルコールを摂っていなかったし、摂っていたとしてもアルコールには強い性質だった。ウオッカ一杯程度でほろ酔い加減になるくらいか。
「セルティは詰まらなかったんじゃないか?」
 新羅とセルティの前に座って、臨也が笑う。
【いや。雰囲気だけで楽しいから】
「セルティは人がたくさんいるところにいるの、好きだからね。臨也、君こそ」
「ん?」
「途中、無理して笑っていただろう?なにかあった?」
 セルティは新羅の横顔を見た。優しそうな顔をしている。新羅がこんな顔を見せるのは、セルティか彼の患者以外にはいない。
「…………新羅」
「どうしたんだい?」
「記憶が戻ったら、俺はどうなる?」
「どういう意味かな」
「三年八か月、【宮城優人】として生きた俺は、記憶を取り戻したら、どうなる……?」
 セルティは口を挟まなかった。
 
 ――記憶を取り戻したら、どうなるか。

 その恐怖を、セルティは知っている。
「色々なケースがあるよ。ふたつの記憶が溶け合うように一緒になったり、記憶を失った期間を丸々忘れてしまったり――。今の段階で、君がどうなるのかは誰にもわからない」
「怖いんだ……あんなに思い出したいと思っていたのに、今は記憶が戻るのが怖い……消えてしまうのが怖いんだ……」
「臨也、」
「俺は、臨也じゃない……!そんなやつ知らない!」
「じゃあ、優人と呼ぼうか?」
 優しい声色のままで言う新羅に、臨也は苦悩したように俯いた。
「ごめんよ、意地悪を言ったね」
「消えたくない……新羅……」
「僕にはどうすることもできない。医者は神様じゃないんだ。君が乗り越えるしかないんだよ」
「帝人君のことが、好きなんだ」
「そうかい」
「でも彼女が好きなのは俺じゃない。【折原臨也】だ。彼女は、俺の記憶が戻るのをとても喜んでくれたのに、俺は……俺は……このまま、戻らなければ、いいと……っ。彼女といると、たまに息が……できなくなる。愛してるのに」
「愛は色々さ」
「愛していれば何をしてもいいのか?春香――俺の、恩人みたいに?俺は、帝人君にあんなことはしたくないよ」
「愛は狂うことだよ。愛イコール狂気なのさ。何をしてもいいってわけじゃないけど、おかしくなることは止められない」
「俺は……」
 手の平で顔を覆う臨也の顔を、セルティが叩いた。おずおずと、PDAを差し出す。
【…………帝人君が、聞いてる】
 臨也は怯えた様に立ち上がり、帝人のいる部屋ではなく玄関へと走る。
 追おうとした新羅に【私が行く!新羅は帝人君についていろ!】セルティはPDAを見せると素早く家から出て行った。