鉄の棺 石の骸10
3.
かつて、「遊星」と「Z-one」の境目が、同化したてでまだはっきりしていた時の話だ。
Z-oneは「遊星」にこんな質問をした。
『あなたと一緒にあなたの仲間も復活していた方が、あなたにとってよかったのか』、と。
機皇帝を無傷でやり過ごせるようになってからは、「遊星たち」の心にも余裕ができた。なので今は、長らくできなかったレプリカ遊星号のメンテナンスに、二人して取り組んでいる。機皇帝から人々を守るために、レプリカ遊星号には数々の負担をかけてしまったからだ。
二心同体になってそれなりの付き合いはあるものの、「遊星」は、心の奥底にいる片割れの質問の意図を正確につかめなかった。
「俺の仲間?」
〈はい、そうです〉
「仲間……だが、この時代には、俺以外のシグナーの人格データは、もう残っていないんだろう?」
〈あなたをコピーする前に、他の人の人格データも随分探しました。しかし、あなたの仲間のデータは、元々採られていなかったようです〉
「だろうな。ジャック辺りは、こういうのあまり好きじゃなかったみたいだ。……しかし、どうしてお前はそれを聞く?」
〈事実はさて置き、もしもの話です〉
「遊星」はしばし考え込み、分からない、と答えた。
「俺の仲間は、今の俺を見てどう思うんだろうな。頑張れ、と言ってくれるのか。それとも、もっとしっかりしろと拳骨つきで怒鳴られるのか」
〈あなたを殴れる人間が、この世にいたのですか!?〉
「お前は、俺を何だと思ってるんだ。俺だって間違えることがあるし、そんな時ジャックは容赦なく俺を殴り飛ばすぞ」
ジャック・アトラス。不動遊星と同じく、伝説の決闘者。彼が歴史上に残した功績は、遊星に引けを取らない。
Z-oneが彼について知っているのは、数々の歴史書に残っている事実だけだ。不動遊星や他の仲間たちの間の交友関係や事情など知りはしない。
Z-oneは、不意に自分と「遊星」の間に横たわる決定的な隔たりを思い知った。
この時代には、「不動遊星」の信奉者は数多くいる。Z-oneもまたその一人だった。だが、真の意味での仲間は、「遊星」の傍には存在しない。弱っている彼を励まし、時に殴ってでも道を正してくれるような仲間は、「遊星」と共に復活しなかったのだ。
復活した際に生じた、身体がないことによる「遊星」の極度の不安感は、Z-oneが器になることで解消した。しかし、「遊星」の孤独感は、例えZ-oneが身体を与えても、誰より傍にいようとも、完全に消すことはできない。
急に返事をしなくなったZ-oneに、「遊星」は急に心配になったらしく、励ますように話しかけてきた。
「お前がそんなに考え込むことじゃない。今だって、俺たちが助けなければいけない人々は世界中にたくさんいる。お前が色々と助けてくれるから、俺もこの時代で生きていられるんだ。俺にとっては、お前もみんなも、俺の仲間だ」
〈……〉
「お前も、探せばいい仲間がいっぱいいると思う。俺だけじゃなくて、心から付き合えるようなそんな仲間が」
〈そう、でしょうか?〉
今まで、Z-oneの警告を真剣に聞いてくれる人間はいなかった。だからこそ、Z-oneは「不動遊星」のデータを自らにコピーし、それまでの自分を全部捨てるまでに至った。
それなのに「遊星」は、自分なんかにいい仲間がこの先見つかると言うのか。そんな自信なんて全然ない。
Z-oneのそんな思いを見透かすように、「遊星」は胸にそっと手を当てて、小声で相手を力づけるように言った。
「大丈夫だ、絶対にいる」
その後、人類の滅亡とそれによる人格の混濁化が始まり、Z-oneはついに質問の続きを「遊星」にすることができなかった。「あなたは、今とても寂しいのではないか」、と。
Z-oneの元には、三人の仲間と呼べる人間が集まった。人類滅亡前からの付き合いの人間もいるし、年老いてからようやく巡り合えた人間もいる。世界にたった四人という生き地獄でも、Z-oneの心は確かに満たされていた。
だが、それもすぐに失われた。仲間が相次いでいなくなり、Z-oneはこの世にたった一人残された。仲間の後を追いたくても、自分の果たしたい使命と、彼らの最後の思いを無にする訳にはいかない。まだ終われない。
Z-oneは、あの時の「遊星」と同じであろう思いを味わっていた。何をやっても埋まらないような、心に空いた穴を。解消したくてもしきれないような寂しさを。
傍に仲間がいない事実は、こんなにも人を寂しくさせる。他の何かで欠けた分を補おうとも、この寂しさだけは完全に拭い去れはしない。
仲間のコピーを完成させて、幾分かZ-oneの心の飢えは収まった。コピーですらこの世にいなかったら、今ごろZ-oneはきっと狂い果てていたに違いない。