最愛の人
三、
空は青く、そこに白い雲が浮かんでいた。
そんなふうについさっきまでは晴天だった。
それが、強い風が吹き始め、生い茂る草の葉が波打つようになり、空を見あげると、一面、灰色の重たげな雲に覆いつくされていた。
雨が降ってきそうだ。
そう桂が予想した途端、水滴が落ちてきて、頬を打った。
天からポツリポツリと大粒の雨が落ちてきた。
桂は歩く足を速めた。
しかし、またたくまに雨は激しくなった。薄暗い景色の中、白い直線を描くように降っている。
たまらず、桂は近くにあった納屋の軒下へと走った。
すでに身体は濡れている。けれど、こんな土砂降りの中をゆく気にはなれず、しばらく雨宿りして、降り止むかましになるのを待とうと決めた。
他になにもすることがないので、ぼんやりと雨を眺める。
その雨の向こうから、よく知っている者が番傘をさしてやってくるのに気づいた。
桂は表情を硬くした。
向こうも気づいた。
だが、その表情は変わらなかった。眠たげな、やる気のなさそうな、いつもの表情を顔に浮かべている。
近づいてくる。
やがて、桂の正面で立ち止まった。
「……持っていけ」
そう言って、傘を差しだした。
「俺ァ、暇だから、ここで雨がやむのを待つ」
「……銀時」
その名前を口にする。
久しぶりだった。
松陽の塾で襲われてからずっと口をきいていなかった。避けていたし、避けられてもいた。襲われた自分が怒って避けるのはとうぜんのことだろうが、襲った銀時から避けられるのは不当な気がして、ますます腹をたてていた。
桂は差しだされた傘を受け取らずにいた。
すると、銀時は傘を差しだしたまま、納屋の軒下に入った。
「持ってけよ」
素っ気なく言った。
その眼は桂のほうには向けられていない。
「銀時」
思いきって、桂は言う。
「時間があるなら、話をしよう」