最愛の人
深野は銀時や桂よりも少し年上で、たまに塾にやってきて松陽から教えを受けていた。
「それ冗談か」
「違うよ、本気。それも、ものすごく本気みたいだったよ」
「……まァ、そーゆーこともあるらしーが」
男が男に、というのはたしかに聞いたことはあったが、自分からは遠い話だと思っていた。
想像してみる。
深野は大柄で無骨な男である。
ものすごく本気みたいだったということは、そうとう真剣な様子だったのだろう。
「それで、桂はどうしたんだ」
気になった。
ひどく気になった。
けれども、それを表には出さず、ただ話の流れで聞いているだけのようによそおう。
「応えられないって断ってたよ」
あっさりとした声が返ってきた。
ほっとする。
けれど、それも表には出さないようにする。
「へえ」
ちょっと興味のある話を聞いた、そんなふうな反応を見せる。
しかし、内心は違っている。
安堵して、心が軽くなったのは一瞬だった。すぐあとに、まずいものでも食べたような不快な想いが胸に広がった。どうしてそんな気持ちになったのかはわからないが。
眼を自然な様子で庭のほうに向ける。
桂のうしろ姿はさっきよりも小さくなっていた。
その横にはさっきと同じ塾生がいて、ふたりは相変わらずなにかを話している。
銀時の胸の中はますます苦くなった。
瓦屋根を乗せた白壁と黒板塀が道沿いに続いている。
塾のある村から離れ、桂の住んでいる城下の界隈までもどってきた。
もうしばらくすれば、家に帰りつく。
それを思うと、気が少しゆるむ。
だが、次の瞬間、ゆるんだ気分が引き締まる。
前方から歩いてくる者が知り合いだと気づいた。
それも、つい最近、自分に熱い想いを告げてきた相手だった。
深野だ。