最愛の人
二、
「おい、銀時、その字、間違ってるぞ」
「うっせー、わざとだよ」
イライラと銀時は言い返した。
眼のまえには文机があり、文机の上には紙があって、その紙に字を書いているところである。
いつものように講義中に眠っていたら、講義が終わったらしい松陽に起こされ、書物の内容を別の紙に書き写すように言われた。
とうぜん銀時は反撥したのだが、それをしなかったら夕食は抜きと松陽に笑顔で告げられて、しぶしぶ言われたとおりのことをしている。
松陽と塾生たちは陽がまだ高いので畑仕事に行った。
今ここに桂がいるのは、松陽から銀時を見守るよう頼まれたからである。つまり、監視役だ。
松陽が桂にその役目を託したのは、桂が同世代の塾生の中では一番字がうまいからだろう。
そして、銀時と一番仲がいいから。
「わざと間違えてどうする。書き直せ」
「めんどくせェから、ヤダ」
桂の要求を突っぱねて、銀時は続きを書く。早く終わらせてしまいたいので、丁寧には書かない。だから、紙には走り書きの汚い字が並んでいる。
「……まったく」
あきれきったように桂が言った。
チラと銀時は桂のほうに眼をやる。
桂は気が抜けたような表情でよそを見ていた。
白い頬、通った鼻筋、涼しげな切れ長の眼、その瞼を長い睫毛が縁取っている。
綺麗だよね、と塾生のひとりが評したのを思いだした。
ほんとうに綺麗だ。
つい、そう思った。
バカバカしい。即座に打ち消す。
自分と同じ男だ。しかも、幼いころからよく知っている相手だ。それも、こちらにいろいろと意見してくる口やかましい堅物だ。
それを綺麗だなんて。
けれど、眼はその相手の口にあった。
少し紅い唇はやわらかそうだ。
ふと、桂の視線がこちらにもどってきた。
「なんだ」
じっと見てたことを問われて、はっと我に返る。
「いや」
すぐに眼をそらした。
だが、それも不自然だったと自分でも思う。
「なんだ、文句があるならはっきり言え」
桂の不機嫌な声が追及してくる。
文句があるわけではない。そういうことではなかった。
ただ、見とれていただけだ。
しかし、そんなこと、言えるはずがない。