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【無二の接点】

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「あの臨也さんの恋人って聞いたからどんな美女かと期待していたのになあ」
 見かけだけで判断するなら童顔を差し引いて竜ヶ峰と同い年といったところだろうか。女でなかったことに明白に落胆の色を見せながら静雄に適当に座るようソファを勧める。どう見ても自身より年下で名も名乗らないまま男も腰を下ろした。とっとと用件を済ませたいという感がありありと静雄まで伝わっていた。
「まあ、連絡も無しに消えるといったら女だろ」
 ぶっきらぼうに言い放ってから、ああ、恋人さんだったんだっけ、とわざとらしくすっ呆けて「まあ、一般論ですけど」と取って付けたような台詞をほざいた。
「俺はあなたが相手なら帰ってくると思いますけどね」
(何を根拠に言っていやがるんだ)
 近場にあるソファを投げつけてやろうかと静雄が考えていると、ゆっくりと奥の扉が開いた。
「正臣、あんまり横暴言っちゃダメだよ。こっちまで聞こえてた」
「沙樹。いたのか」
 現れたのは小柄なショートヘアの女。先程の男とその部下とのやり取りのことを言っているらしく、正臣と呼ばれた男はバツの悪そうに沙樹と呼んだ女から視線を逸らした。
「そちらの方は?」
「臨也さんの恋人だって。男だけど」
「はじめまして」
 男の恋人だと男を紹介されても疑いも嫌悪一つも見せない、不思議な空気感を持つ女は僅かに目を細めて静雄に会釈した。
「そうだ。臨也さんのこと教えてやってよ」
「正臣だって知ってるでしょ? 教えてあげればいいじゃん」
「男だなんて聞いてなかったんだ」
 正臣と沙樹は尋ね人を無視して勝手に話を進めている。この正臣という男は本当に男には興味がないようで、問答の末に沙樹にまんまと自分の役目を押し付けてしまった。彼女もその性格は把握しているようで、別段怒るということもなかった。どちらかというと感情の起伏があまりないように静雄には見受けられた。
「明日なら都合がつきます。ご足労ですが、自宅までいらしてくださいますか?」
 柔らかだが有無を言わせぬ沙樹の問いに眉を顰めるが、他に手掛かりのない静雄は小さく頷いた。最終的に手元に残されたのは差し出された一枚の名刺。そこには紀田正臣と書かれている。肩書きは確かにこの女好きが本当にこの高級ホテルのオーナーだと代弁していて、世の中の不公平さに静雄は溜め息をついた。
「良かったな。俺より沙樹の方が詳しい」
 責任転嫁をした男の軽い口調に静雄の眉間に皺が寄る。怖いなあと冗談混じりで、ようやく静雄を真正面に見た紀田正臣の顔には含みのある笑みがあった。
「お気に入り、だったからな」

 その晩。静雄は再びホテルの同じ部屋で一晩を明かすことになった。しかし、昼間の二人とのやり取りを思い出すとどうにも寝付けず、ロビーのソファで煙草を吹かしていた。
 竜ヶ峰がお気に入りだと言った正臣。
 正臣がお気に入りだと言った沙樹。
 『お気に入り』という言葉の意味を測りかねて胸の奥がざわざわとわななくのを感じた。雪の止んだ屋外をぼんやりと眺めていて、見知った顔がタクシーから降りて来たのが目に留まった。
(新羅?)
 しかし今朝の電話でこちらへの到着は明後日と言っていたし、外出時にも身につけて変人ぶりを発揮している白衣姿ではなかった。人違いかと視線をずらそうとして、隣に赤いコートの女が並んだ。
(…園原?)
 そのまま二人は夜の街に消えていったので、確認することはできなかった。


○2月14日
 翌日。静雄はあまり乗り気ではなかったが沙樹に会いに行った。見せればわかると正臣から受け取った名刺をホテル付きのタクシー運転手に渡すと、かしこまりました、と恭しく返して車を発進させた。料金を取られることはなかった。これも紀田正臣という人物の力かと思うと、その男と懇意に取引をしていた臨也とはどういう関係だったのかと妙な勘繰りをしてしまう。窓の外を流れていく雪化粧した街並みも大して気を晴らすことはなかった。
 辿り着いた場所は東京ではそう目にしない豪華な造りの邸宅で、つい最近、何処かで見た覚えがあると静雄は記憶を手繰る。行き着いた先は、写真。臨也の辞書に挟まれた写真の片方に写っていた建物と一致した。
「ここで6日の夜、臨也さんと正臣と三人で食事をしました。7日にはこちらを発つとおっしゃっていました」
 この邸宅での晩餐で珍しく酔った臨也は上機嫌に歌まで歌ったという。
「それからもうずっと連絡がない」
 そうですか、と沙樹は感情の読めない返事をした。
「アンタは臨也のお気に入りだったと聞いた」
「お気に入り、とは少し意味が違うと思います。私は臨也さんに誰よりも心酔していた。あの人のためなら死んでもいい。そんな私を臨也さんは都合よく使っていた。それだけですから。臨也さんのお気に入り、という意味では多分…正臣の方。それと帝人さん」
「竜ヶ峰?」
 後任というからにはそれなりに打ち解けた仲ではあるのだろうとは思っていたが、第三者の口から『お気に入り』を添えて名を挙げられると妙に違和感があった。黙り込む静雄に沙樹はもうひとつ、と付け加える。
「静雄さん…私と臨也さんは貴方が勘繰るような関係ではありません」
「、俺は別に」
 まるで自分の考えていることを見透かされたような気がした。事実、静雄は『お気に入り』と聞き、この沙樹という女と臨也が男女の密接な関係であるのではと疑っていた。
「臨也さんは酷い。こんなに探してくれる方を置いておくなんて」
 沙樹の言葉は静雄の疑いを拭い去るような柔らかい澄んだ声音だった。

 沙樹からの情報も有力な手掛かりにはならず、静雄は新羅に宛てて紀田邸を最後に足取りが掴めなくなったとメールを入れた。明日合流する予定だったが、先に伝えておけば少しでも手間が省けると考えたからだ。その返事は意外、ではないが本人ではないところから返ってきた。
『紀田正臣っていえば、以前東京であった三つ巴の抗争の中心にいた一人だったと思う』
 臨也のことで静雄から連絡が入ったら、セルティにもそれが回るようにしていたらしい。
『抗争?』
『静雄はその時どのチームにも所属していなかったから知らなくても仕方がない。確かそれに臨也も関わっていたと聞いたことがある』
『そんなの初耳だ』
『まあ、もう何年も前に終わったことだし、関係ないだろう。すまない。聞かなかったことにしてくれ』
『何か思い出したら教えてくれ』
『明日新羅と会うんだろう? 一緒に一度帰って来たらどうだ? そちらに居てもどうしようもないだろ』
 セルティの問いを静雄は否定も肯定もしなかった。臨也を見つけられないまま帰りたくないというが本音だった。しかし、この先どうしようもないのも本当で、気持ちは宙ぶらりんになっていた。
 ただ確かにあったのは、何処か憧れを抱いていた北陸が消えていく実感。臨也と訪れることに期待を寄せていたはずの北陸がこのまま留まれば忌まわしいものになっていく。渦巻く晴れない思いを胸に抱いて、今日も一人眠りにつく。
 三日目ともなるとホテル生活自体には別段不安はなくなっていた。


○2月15日
 翌朝、一番に携帯電話のディスプレイにその名は表示された。
「やあ」
「新羅」
「今朝こっちに着いたんだ」
「今朝?」
作品名:【無二の接点】 作家名:らんげお