東方無風伝 2
「そうだ。何でも良いと言うのなら良いもの有るけど、どうだい、見てみないか?」
「見る」
そう短い返答をすれば、森近は部屋の奥の方へと姿を消した。
少し待てば、「お待たせ」と森近が再び姿を現す。
「それが?」
「ああ。素人目でも解る良いものだよ」
森近が持っているのは一本の刀。
漆塗りの黒い鞘(さや)に納められ、その鍔はシンプルな円形、柄(つか)には滑りにくいように革が巻かれている。
一見すると良くある普通の刀のようだが。
「どうぞ」と森近が差し出すその刀を受け取る。
手に持って見ても、特に異常は感じられない。
「抜いてごらん」
「失礼する」
すっと静かに抜けば、隠れていた刀身が姿を現す。
「成る程、確かにこれは良い刀だな」
均等に揃った美しい乱刃の刃文は仄かに赤色を帯び、銀より白に近い地肌は鏡が如く俺の顔を映し出す。
刀身の長さは大凡(おおよそ)六十センチメートル。太刀よりも脇差に分類される刀だった。
「良い刀だ……」
その美しさに圧倒され、口からはそんな褒め言葉しか出なかった。
「森近、本当にこの刀を貰い受けても良いのか」
「良いよ」
あっさりと言う森近。
「僕が求めるのは『未知』だ。それは刀。もう名前も用途も使い方も解りきっている。それがどんなに素晴らしい刀だろうと、未知では無い物には興味なんて無いからね」
ああそうか。これはもう森近の研究対象外なのか。
「では遠慮なく」
そう言って刀を鞘に戻す。
さて、この刀をどうしようか。常に手に持つと言うのは非常に手間。
少し悩んだ後、刀を腰帯びに差す。
うん、これで大丈夫だろう。
「ところで」
「なんだ森近」
「その刀に名前が無いようでね。もし君がこれからもその刀を使い続けると言うのなら、その刀に名前を付けてみたらどうだい?」
「名前、か」
刀に名前を付ける、か。
「それはそれで面白そうだな」
元々名無しの俺が今は『風間』と言う名前を持っている。
それならば、『こいつ』にも同じように名前を付けてみるのも面白そうだ。



