東方無風伝 2
「うし、じゃあ気を取り直して、行くぜ」
「ああ、少し待ってくれ」
魔理沙に声を掛けてから、片手を離す。
潤滑油となっている汗を拭う為だ。
「のわっ!」
「え?」
突如として発進した魔理沙。
片手を離していた俺は予想外の出来事に驚き、箒を掴む指が解(ほど)ける。
「風間!」
そう叫ぶ魔理沙の姿は、どんどんと遠ざかって行く。
落下感と浮遊感が混じり交わり絡み合い、それは勢いづいていくだけ。
視界は移り廻り変わり、一瞬の残像すら残さない。
空の青と森の緑。二つの色彩は写ることなく黒と白の反転の繰り返し。
耳に響くのは、軽い物と重い物をへし折る音。
「あっだぁ!」
そして自分の悲鳴。それを最後に、あの奇妙な感覚も胸糞悪い色彩も無くなり、視界に写るのは薄暗い森と、青い空。耳に響くのは静かな森の音だけ。
どうやら、俺は生きているようで。
森の中に落ちたのが不幸中の幸いで、木々の枝にぶつかって地面に落ちた時の衝撃が緩和されたのだろう。
その証拠と言わんばかりに、辺りは折れた枝切れや木の葉が落ちている。
「風間、大丈夫か!」
「ああ、生きてるよ」
空から慌てて降りてきた魔理沙にそう返答する。
「怪我の方は」
「無いようだ。運が良かったようだな」
擦り傷や切り傷、そして打撲とあるだろうが、そんなことは大したことでは無く。
骨折すら無かったの本当に運が良かったとしか言いようが無い。
「すまない、風間の声がよく聞こえなかったぜ」
「ああ、だからか。すまなかったな、もっとはっきり言えば良かった」
魔理沙は面白半分に落とそうとするが、実際に落とすということはしない。危険だからだ。
それなのにこうして落ちてしまったのは単純に事故だ。
それに、非は俺に有る。
立ち上がり、着物にくっつい
た木の葉や泥を払おうとして
「いって」
顔をしかめる。
どうやら左手首を捻ったようで、其処がじんわりと痛む。
「やっぱり、何処か痛めたか?」
「ああ、左手首のようだ。困ったな、これじゃ飛んで行けない」
そう言うと、魔理沙は何処か呆れたように溜め息を吐く。
「こんな目に合ってまだ飛ぶ気だったのか?」
「移動手段はそれくらいしか無いからな」
「もう大分飛んだ。この辺りからならもう少し歩けば目的地に着くぜ」
それは嬉しい朗報で。
此処からは、のんびりと散歩することにしようじゃないか。



