東方無風伝 2
「しかし、こんな深い森の中、あんた達道にでも迷ったのかい?」
熱燗を啜りながら言う小町。
「まぁ、そんなところだぜ」
「おやおや、空を飛べば迷いようが無いと言うのに、最近の魔女は空を飛ぶことすら出来ないのかい?」
「魔女は飛べるぜ。それこそ、死神なんかよりずっと速く。ただ、其処の人間が飛べないから歩いていただけだぜ」
「例えどんなに速く空を飛べようと、天狗に負けちゃ最速とは言えないだろう。そんな中途半端になんの意味が有るんだい?」
「死神には負けてはいない。其処が重要だぜ。鈍足な死神とは違うってことだぜ」
ミスティアの焼いた八つ目鰻に齧り付きながら、我関せずとした態度を取る。
この二人は仲が悪いのかねぇ。
「ところであんた、外来人だって?」
「ああ、そうだが」
小町が俺に話を振ってくる。
「こっちに来たのは何時頃だい?」
「あー、と。三日程度かな」
アリスの家で二日厄介になり、次いで博霊神社にて一泊。
「おや、そんなに短かったのかい。てっきりもっと長いかと」
「……この世界は、あっちの世界よりもずっと居心地が良い」
「こんな妖怪が跋扈する、何時襲われて死ぬかも解らない世界が?」
「そんなの、向こうも同じだ。不慮の事故。突然の病気。理不尽な殺害。不幸な天災。例えどんな世界だろうが、何時死ぬか解らないのは同じことだ」
「死は抗えない絶対のモノだ。あんたはそれを解っているね」
「無論。死んだら死んだで、仕方が無いと諦めるしかないんだよ」
「ふん、死んで悔いるのは勝手だよ。だけど、あたいの仕事を邪魔するのは許せないね。昔から人間はそうだ。あたし達死神の仕事を邪魔しようと、そして自分の運命から逃れようとする。無駄なのに。人間みんな、あんたみたいに聞き分けが良かったらあたいの仕事も捗(はかど)るってもんだよ」
小町のそれはただの愚痴に過ぎない。
「死ぬときには皆死ぬんだ。それなのに、どうして生きようとするんだろうな」
「あんただって、そいつらと同じ人間だろ。どうしてあんたが解らないのに、あたしが解るって言うんだい」
「……そうだよな」
いつかは死ぬ。それは生きとし生けるモノ全て共通することだ。
死ぬことは絶対で、いつかはそうなるんだ。なのに、どうしてそれが受け入れられないんだろうなぁ。



