東方無風伝 2
「いま」
魔理沙が口を開く前に、遮るように言った。
「今こうして鰻を食っている間でも、見ず知らずの誰かが死んでいる。一方では妖怪に食われ、一方では何も食べれず。さて魔理沙。そんな人間を、気にかけることは出来るか? 哀れむことは出来るか? 助けてやれるか? 答えは、『否』だ。違うか」
「……」
「外の世界の連中を見ているとよく解る。ニュースでは何処其処で誰が死んだと報道されても、無関心だ。祈ろうとすらしない。人身事故で列車が遅れる。そうしたら、人間は何を思う。『ああ、電車が遅れてしまった』。死んだ人間ではなく、電車の方を心配する。ははっ、人間は、人間の命よりも電車のほうがよっぽど重要なんだな」
「風間、あんた酔ってるね」
「酔ってなんか無いさ。だが、魔理沙。これで解ったか? 人間の命なんて、どうでもいいんだよ。ははっ、矛盾した人間共め! 人の命は尊重すべきだ? 他人の命なんてどうでも良いくせに、よく言えたもんだ! 狂った人間様万々歳だ糞ったれ!」
「風間! いい加減にしな!」
小町に一喝され、ふと我に帰る。ああ、どうやら興奮してしまっていたようで、何時の間にか席を立っていた。
「……すまないな、口が過ぎたようだ」
「ほれ、これでも飲んで頭を冷やしな」
「ああ、有難う小町」
小町の差し出す湯呑みに口をつける。
その中身は透明で、水かと思ったら先程小町が呑んでいた熱燗を注いだものだった。
小町め、俺は酔っぱらっていたことにするつもりだな。
そうと解っていながらでも、俺は煽るように飲み込んだ。
「風間……」
魔理沙が、静かにぽつりと呟いた。
「なんだ」
「私は、風間の言うことを否定するつもりは無いぜ」
「そうか」
「でも私は、目の前で困ってる人間がいたら助けるぜ。自己満足でも、エゴでもいい。だって私も」
人間が好きだから。
魔理沙のその言葉が、頭に響いたどうかすら曖昧で。
一気に飲み込んだアルコールが体内を巡り廻り、毒となって身体を蝕む。
額をテーブルにぶつけ、意識は奥底へと返り落ちる。



