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夜を駆けていく

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誰にでもある幸福



 キッドはここに来たとき同様、ペンギンと共に屋敷を後にしていた。
 庭に置かれた鉄の檻の中で、ローはいつまでも二人が去っていった方向を眺めていた。檻のすぐそばにいるシャチは、そんなローと彼が眺めている方角を交互に見ながら、口を開くかどうかで悩んでいる。
 何を言えばいいのか。難しいところだった。
「……ローさん」
「ん?」
「よかったの? ユースタス屋、帰しちゃって」
 夜明けまではまだ時間がある。キッドも複雑そうな顔をしていたように見えた。意外にも脈有りなんじゃ、とお気楽なことを考えたシャチに反して、ローは冷静だった。
「いいんだ」
「……そう?」
「ユースタス屋はこの島の人間なんだ。おれらとは違う。奴隷じゃねぇんだから、巻き込んじゃダメだろう」
「ローさん……」
 シャチはハッとしたようにローを見つめた。
 初恋に戸惑い、キッドとの会話では舞い上がっていたようにも見えたのに、そこで現実を忘れずにいるあたりがローの凄いところであり、また逆に悲しいところでもあった。
「……うん。そうだね」
 一夜限りのほうがいいだろうと、ペンギンと話し合っていたのはどこの誰だったか。
 ──クソ……。
 つくづく恨めしいのは『奴隷』という身分だった。
 ──おれたちにもっと力があれば。
 ローを檻の中から解放して、自由にもしてあげられるのに。今の身分では何もしてやれない現実に、ただ歯噛みをするしかなかった。
「ユースタス屋と話ができてよかった?」
「ああ、すげぇ、楽しかった!」
 そこだけは本当にそうだと言わんばかりの笑顔に、シャチもひとまず自分を慰めることにした。

   *

 丘の上をこんな風に堂々と歩いたのは初めてだった。
 生まれてから一度として足を踏み入れたことのない、スラムの汚い街中から見上げるだけだった場所を歩いている事実に、キッドはまだ慣れないでいる。坂の途中にある検問も、ペンギンがいることで楽に通り抜けてしまうのだ。
「来るときも思ったが、奴隷でも通れるんだな」
「上にいるのが貴族だからだろうな。揉め事を起こしたくないっていうのが本音だと思うよ」
「ふぅん……」
 いつもならキッドたちスラムの住人が近づくだけでも威嚇され、執拗に追い払われるというのに。
「まぁ、普通は奴隷がこうして歩けること自体がおかしいから、向こうもおれが奴隷だとは思ってないんじゃないかな?」
「……どういうことだ?」
 キッドは奴隷という存在を知ったばかりだから、ペンギンの言う普通が分からない。
「外海は奴隷がいないみたいだよな。羨ましい。中枢の近くには『人攫い屋』っていうのがいて、奴隷となる人間を狩って生業する連中なんてのもいるんだぞ」
 唖然とするしかない話に、キッドは無言で続きを待った。
「もっともあの辺はまた特別だけどな……。奴隷っていうのは普通、首と手に枷をはめられて、鎖にも繋がれるんだ。逃げ出さないように」
「……なんだと」
「首枷には爆弾がついているから、どっちにしても逃げようなんて考える奴は少ないんだけどな」
 キッドは知らなかった現実に驚き、話の内容には握った拳を震わせていた。
「なんで、そんなことが……」
 まかり通っているのだと、本当に信じられない気持ちで腸が煮えくり返りそうになる。それともう一つ。
「お前らも、なんで黙っているんだ!」
 スラムという劣悪な環境で生まれ育ったキッドだからこそ、そこから飛び立とうという強い意志を持っている。ペンギンたちがどうして反抗しないのかが不思議で、また、おとなしく言いなりになっている姿が無性に腹立たしかった。
 どうしたって環境や現実から逃れることはできないと言われているようで、たまらない気持ちになる。
 ──冗談じゃねぇ! おれは、おれたちはこの島を出て行くんだ!
 八方塞でどうにもならない現状をほんの少し忘れたくて、港へ出かけたのが始まりだった。珍しい生き物を目にする機会に恵まれ、さっきまでは本人と話をすることもできた。
 星が動き出したような明るさを感じたのは、しょせん、幻だったのか。
「……クソッ!」
 自分の苛立ちをペンギンにぶつけていることに気づき、キッドは顔を逸らした。完全な八つ当たりだった。
「おれらだって、黙っていたいわけじゃないさ」
 八つ当たりをされたペンギンは、表面上はまったく変わった様子を見せずに話している。
「……悪ぃ」
「いや。そういう反応は新鮮だよ。ローさんの前でもそれを言ってあげられたらよかったかも。きっと喜んだと思う。ああ、でもその前にビックリするかな」
 何か思い当たることでもあったのか、ペンギンは少しだけ唇の端を上げた。
「おれらはローさんがそうしてくれたから、こうして自由に動けるんだ。けどそれは一緒にいるときだけ。昼間は他の奴隷たちと同じように枷をつけられて、貴族のおもちゃにされている」
 新しく聞かされた話に、キッドはまたしても拳を強く握り締めていた。反抗したくてもできない理由とはそういうことだったのだ。
 今は枷もなく自由の身だとしても、檻の中にいるローを置いて逃げ出すことなど、ペンギンたちにはできないのだろう。
 ──それなら、あの檻を壊すことができれば……。
 ふと、頭の中をよぎった考えに、キッドはハッとして軽く首を振った。
 自分の夢すら叶えられない現状なのに、これ以上の厄介ごとを抱え込んでいる場合ではないのだ。
「アンタが海賊だったらなぁ……」
 ポツリとこぼすようにもたらされたペンギンの言葉は、キッドの心を大きく揺さぶるものだった。
「……なんでだ?」
「……いや、なんでもない。アンタはアンタの生活があるだろう。今日はありがとう。あんなに楽しそうなローさんは本当に久しぶりに見たよ」
 それじゃあ、と言って振り返る背中にキッドは声をかけた。
「待て。明日も同じ時間に来い」
 別れ際に見せた、胸の前で指を組み合わせている姿が忘れられないでいる。また会いたい、と願われているように見えたのだ。勝手な思い込みかもしれないが。
 ペンギンは足を止めて、キッドを見つめていた。
「それはローさんの希望か?」
「あいつはなんも言ってねぇよ」
 ローは首を横に振っていた。ただ、キッドが元気であればいいとだけ言って。
 ペンギンは腕を組んで、しばし考えるように顔を伏せていた。
「おれだってローさんが喜ぶことならなんだって叶えてやりたいけど……、うーん……。でもローさんが望んでないとなると」
「おれがいいって言ってんだ。お前らの事情なんか知るか」
 キッドの乱暴な発言に、ペンギンはさらに首を下に向けて唸った。
「……うーん。……わかった。とりあえず明日は行く。でもその後はローさんの意志に従わせてもらう」
「……お前らの忠犬ぶりは、本当にすげぇな」
 感心と呆れが半々くらいの気持ちで言ったら、ペンギンは珍しく自嘲気味に唇を歪めていた。
「おれらはローさんのために生きる。そう決めたんだ。あの人が身を挺して守ってくれたときからな」
 目深に被った帽子の影のせいで表情は見えない。けれど、並々ならぬ決意のこもった台詞であることは、キッドにも察することができた。
 いったい何が彼らの間にあったのだろう。
作品名:夜を駆けていく 作家名:ハルコ