二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

夜を駆けていく

INDEX|16ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

舞台裏の犯行声明



 ローたちと別れた後、キッドはスラム街でもっとも威厳のある場所へと赴いていた。訪問するには遅すぎる時刻だったが、今はのんびり構えている暇はない。
「一人で、とは珍しいな。小僧(キッド)。……上でなにやら動いているようだが」
「わかっているなら話が早ぇや。アンタに頼みがあるんだ、カポネ」
 面倒な過程を省くことができて好都合だった。キッドの不躾な言動に、部屋にいた部下たちの数名が銃口を向けてくる。
「キッド! 『頭目(ファーザー)』と呼べ!」
「うるせぇ、てめぇとは話してねぇよ、三下が!」
「なんだと!」
「やめねぇか!」
 自分たちの『ボス』の一喝に、銃を構えた男たちは一斉に黙り込んだ。
 子供の頃は今の声にキッドも怯んだりしたが、何年も渡り合っていくうちに、受け流せるだけの貫禄が身についていた。
 スラムを牛耳る大親分、カポネ・ギャング・ベッジ。キッドが訪ねたアジトのボスの名だ。
「小僧。お前はおれの部下じゃねぇ。どう呼ぼうがお前の自由だ。悪かったな」
「……その度量に感服するぜ。アンタはやはりスラムの大親分だ」
「気味の悪い世辞はいらねぇ。頼みとはなんだ?」
 ベッジは葉巻を燻らせながら、キッドを探るように見つめてくる。スラムのボスに睨まれれば、生きる道が途絶えるのと同じこと。
 ただし、それはあくまでもスラム街でのルールだった。キッドはベッジの目を見つめ、少しも怯むことなく要望を告げた。
「船が欲しい」
「……ほう。……小僧、お前よほどやべぇヤマに首を突っ込んでるようだな」
 ベッジは少し呆れたような顔で葉巻を大きく吹かし、トントンと指で叩いて灰皿に灰を落した。
「タダでとは言わねぇよ」
「取引ができるようなブツを持ってんのか?」
 スラム街の悪ガキが一丁前に取引を持ちかけてきたのだ。ほんの子供の頃からキッドを知っているベッジは、面白そうな笑みを浮かべて続きを促した。
「初めに言っとくが、それはアンタにやれるモンじゃねぇ。見せるだけだ」
「大きく出たな。言ってみろ」
「貴族の野郎が島に連れてきた興行の中身だ」
 室内がざわめきに揺れ、ベッジも驚いたように目を瞠っていた。キッドの切り札は、それぐらい意表をつくものだったのだ。
「……小僧。お前、上で何やってやがる」
「とんでもねぇことだよ。もっとも、それは明日の話だがな。だからよ、明日までに船が欲しいんだ。古くて構わねぇから、一隻貰えねぇか?」
 ベッジは葉巻をくわえたまま動かなかった。思案にくれる時間が嫌に長く感じる。キッドは沈黙に耐え、静かに待った。
「その取引が100%で叶うなら、考えてやってもいい」
「……なんだよ、ケチだな。ふん、まぁいい。必ず連れてくるから船を寄こせ。約束しろ」
「……フフ、いいだろう」
 ニヤリと笑い、ベッジは口角を上げながら言った。
 何があったかは知らないが、キッドの様子はベッジが初めて見るほど意気揚々としている。
 まるで待ち望んでいたときが訪れるような、ずっと願い続けた夢が叶うような、そんな開放感に満ち溢れているのだ。
 明日、恐らくキッドは島を出て行くのだろう。ずいぶんと急な別れではあるが、狂犬と言われ、いつ飼い主の首を噛み千切ってもおかしくないほど危険な男が、ついにスラム街を旅立っていくのだ。
 ──小僧は最初から、おとなしく鎖に繋がれているようなタマじゃねぇけどな。
 善も悪も飛び越えて注目させるだけの力を持つ者は、いずれ世界が無視できないほどの大きな存在となる。
 なにせキッドは、巨大な爆弾を抱えたまま海へ飛び込んでいくつもりらしいから。
 ククッ、と。ベッジは葉巻をくわえながら笑ってみせた。
「港に船を用意しとけ。航海に必要なものも全部、積み込んでおけよ」
 了解、という声が綺麗に揃った後、部下たちは一斉に部屋を出て行った。


 ベッジのもとを去ったキッドは、自分のアジトへ戻っていた。
「……遅かったな、今日は」
 まだ起きていたキラーの出迎えに、キッドはすぐに大事なことを告げた。
「キラー。明日、おれたちは海賊になるぞ」
「……」
 無言で仮面が見つめてくる。少ししてからため息が上がった。
「……急だな。まぁ、お前らしいけれど」
「午前中に皆を集めてくれ。連れていけないチビたちはいい。そっちはカポネが庇護してくれることになった」
「わかった。……だが、寂しがるぞ?」
「おれが話をする。納得してもらうしかねぇからな」
 組織の中には小さな子供もたくさんいた。
 キッドはこれから超一流の『悪』となって、政府や海軍と戦い続けていくのだ。そういう中に子供たちを巻き込むことは、悪戯に寿命を縮める結果にしかならない。
 その点、ベッジの庇護下に入れば、少なくとも今よりは食にも金にも困らない暮らしができるだろう。
 いずれ自分の頭で考えられるようになったら、キッドがそうしてきたように行動を起こせばいい。好きなことを、好きなように。
 ──自由に生きればいいんだ。
 このときキッドの頭の中に浮かんだのは、檻の中に閉じ込められたローの姿だった。
 自由を手にすることを半ば諦めかけているローの絶望を希望に変えることができれば、キッド自身の夜明けにも繋がっていくように思えた。
「楽しそうだな」
 揶揄するようなキラーの声に、キッドも素直な気持ちのままに笑った。
「ああ。夢が叶うんだぜ? 楽しくねぇわけがねぇだろ」
 すべては明日の深夜に決まるのだ。未来を想像して興奮しそうになる心を抑え、キッドは少しだけ休むことにした。

   *

 つまらない朝を迎え、昼間は客と貴族の相手をして、陽が沈む頃になってようやく息がつける。そんな毎日を強いられる島での生活は苦痛の一言だった。
 ローはずっと夜が好きで、眠りたくないと我侭を言っては、ペンギンやシャチを何度も困らせてきた。それでも付き合ってくれる二人に甘えっぱなしの自分が、ときおりすごく嫌でもあった。
 葛藤を強く抱える日はむしろ一人になりたいくらいで、それもまた我侭だということは重々承知の上だった。
 けれど、今夜はそれが上手くかみ合う日となった。
「出かける?」
「うん、そう、ちょっとね。ごめん、ローさん。一人にして」
「……何時になるかもわからないんですが、必ず戻りますから」
「わかった。……ゆっくりしてきていいぞ?」
 ローも今夜は少し一人になりたかった。聡い二人は気付いているかもしれないが、わざわざそれを口にすることはない。
「そうしたいけど……無理ですね」
「なるべく早く戻りますから!」
 ブンブンと手を振るシャチに、ローも軽く振り返しておいた。
 檻の周りが静かになる。
 貴族たちも寝静まったのか、屋敷の窓はすべて真っ暗だった。
 ローは安心したように大きく息を吐く。つかの間の自由。一人きりの空間。寂しいけれどどこか落ち着く時間。
 鍵が掛けられていない檻は、自由に出て行くことが可能だった。見世物になるのが嫌なら、這ってでも飛び出していけばいい。この生活を変えたければそうすればいいと、頭では分かっていたけれど。
作品名:夜を駆けていく 作家名:ハルコ