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夜を駆けていく

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夜を駆けていけ



 屋敷に明かりが灯っている。
 窓から見えるわずかな影だけでも、何かが起こっているらしいことはローにも分かった。
 檻の隙間からうかがい見るように、ローは首を巡らして窓を見ていた。影は廊下を慌しく走っているようだ。
 ──なんだ?
 この十年、一度も見たことのない光景に、視線が釘付けになる。
 ペンギンかシャチがいれば情報が得られるのだが、あいにく二人ともここにはいなかった。
 いったい何が起こっているのだろう。ローは檻の中でドキドキする心臓の上に手を置いて、騒動が終わるときを待っていた。
 どれくらいの時間をそうしていただろうか。
「ローさん!」
 その声に、ハッとして姿勢を崩した。
「シャチ、ペンギン! 今……」
 屋敷で何かが起こっていることを話す前に、二人の後ろにいたキッドの姿に思わず動きを止めてしまった。
「……ユースタス屋」
 相変わらず慣れない対面に、ローの頬は素直に赤くなった。今日も来てくれたと安堵する心と、来るべき別れを想像して寂しくなる心がせめぎ合う。
 キッドはとても急いでいるようだった。駆けてくる遠くから声が響いてくる。
「トラファルガー! ちょっと伏せてろ!」
「えっ?」
 突然の要望にローは目を瞬いた。
「ローさん! 大丈夫だから言うとおりに!」
 シャチが続いて言うのに、ローは戸惑いながらも身をかがめていった。コンクリートの冷たい床に伏せていると、ふいにガタガタと檻が揺れだしたのだ。
 ──えっ? えっ、なに……?
 鉄の檻が揺れるなんて移動しているときか、風が物凄く強く吹いているときくらいだ。ローは縮こまって耐えた。
「もういいぞ、起きても」
「……」
 ほんの数秒後にかけられたキッドの声に、ローは恐る恐る顔を上げて驚いた。今まで当たり前にあった黒い鉄の棒が、綺麗サッパリ目の前からなくなっているのだ。
 遮るもののない視界に、ローはまず恐ろしさを覚えて身体を硬直させた。
 いったい何が起こったというのか。ローはキッドの足元にある鉄の塊を見ながら呆然としていた。
「お前をそこに留めるものはなくなったぜ」
「……」
 前も後ろも、右も左も、どこまでも見渡すことができる。それなのにどうして、喜びよりも戸惑いのほうが大きいのだろう。
「ローさん、おれら、自由になったんだよ」
「……自由?」
「貴族の奴に絶縁状を叩きつけてきました。もう見世物にならなくていいんですよ!」
「えっ……」
 シャチとペンギンが何を言っているのか本当に分からなかったけれど、先ほどまで屋敷が騒がしかった原因は彼らだったのだろうかと、推測することはできた。
「お前ら何をしたんだ!?」
 怖いと思うのは、貴族に逆らった者の末路を知っているからだ。
 ──二人が死んでしまう!
 ローをこの世界に繋ぎとめる唯一の存在なのだ。生きる理由そのものと言ってもいい。二人の命と引き換えに『自由』を得るのだとしたら、そんなものはいらないと言いたかった。
「ローさん、違うよ。おれらはもう貴族と一緒にいなくていいんだよ」
「どうして?」
「そこの鉄屑が答えです。この人、ローさんを助けるために一億の実を食っちまったんですよー」
「……えっ? 一億……?」
 一億という金額には聞き覚えがあった。昼間、貴族が『悪魔の実』を手に入れたのだとか、そんなことを話していなかっただろうか。
「ユースタス屋、まさか、『悪魔の実』ってやつを食ったのか!?」
「おお。すっげぇマズイぞ、あれ」
 キッドはやや顔を顰めながら答えていた。
「とにかくそういうわけで、貴族も衛兵も皆、伸びちまってるんだ。逃げ出すなら今しかないんだよ」
「ローさん! 早く行きましょう! おれらは自由なんだ!」
 あまりにも突然すぎる展開に、ローはまだ半信半疑だった。ちら、と屋敷を眺めやる。確かに人影はどこにもないようではあるが──。
「トラファルガー」
 キッドの重厚な声が夜の闇の中に響く。
「選ぶのはお前だ」
「えっ……」
「そこにいたきゃ、いればいい」
 キッドの台詞に、ペンギンとシャチが抗議の声をあげている。ペンギンなどは蹴りも入れていた。
「けど、自由が欲しけりゃおれと来い。おれは仲間と共に海賊になるんだ」
「……海賊!」
 航海していれば嫌でも出くわすのが海賊だった。ローが乗っていた船は貴族が所有するものだから、連中に襲われたことは一度もなかったが。
 それでも海賊はならず者の集まりで恐ろしい集団だと聞き知っていた。
 キッドがその海賊になると聞いて、ローはまた驚かされていた。
「どうして海賊に?」
 この島にずっと住むものだと思っていたから、ローはここで別れるしかないと諦めていたのだ。
「海賊になることはおれの子供の頃からの夢なのさ。貧しいスラム街で一生を終えるなんてご免なんだ。名を挙げて、大金も掴んで、自由に笑って暮らしていくのさ」
 初めて聞かされるキッドの夢に、希望を持ったことのないローは自然と引き付けられていた。
 自由とは何なのか。その問いに対する答えを一つもらえた気がしたのだ。
「海に出るのか」
「ああ」
「誰の命令でもなく」
「そうだ。おれがそうしたいから行くんだ」
 身体が勝手に震えてくる。ローもそれを望んでいいのだろうか。
「ユースタス屋……、おれも……、おれも一緒に行っていいのか?」
「お前が望むなら」
 じわ、とあふれたものに視界が滲んでよく見えない。でも、ローはキッドに腕を伸ばしながら言った。叫び、とも取れる声だった。
「行きたい!」
「よし!」
 伸ばした腕を掴まれ、ぐいと引っ張られる。キッドの身体へ飛び込むような形でローは受け止められた。
 冷たい鉄の檻の内部から、血が通う暖かい胸の中へ。
 もう二度と離したくないとばかりに、ローはそれを強く抱きしめていた。
 キッドの腕もしっかりと身体を支えてくれていて、その力強さに安堵したローの目からあふれるものが止まらなくなっていた。
「ローさん、大丈夫?」
 シャチが気遣うように言い、ポロポロこぼれる涙も拭いてくれている。ローは頷いて返事の代わりとした。
「下町に着くまでの間だけですから、これを頭から被ってもらってていいですか」
 大きな白い布を持っていたペンギンに、ローはまた頷いて返事をする。目立つ猫の耳や尻尾をすっぽりと覆い隠してしまえば、とりあえずローは人間と変わらなくなる。
「しばらくおとなしくしててくれな。荷物みたいに」
「わかった」
 どこへ向かうのか分からないけれど、ローはキッドの頼みを聞き入れて身を預けた。
「よし、じゃあ、行くとするか」
「なんだか、おれ、心臓がドキドキしてきたよ」
「今頃か? お前、意外と豪胆……じゃなくて、鈍いだけかな?」
「うっせぇなー! ようやく実感が沸いてきたってことだよ!」
 キッドの前でいつものやり取りをするシャチとペンギンの変わらない姿に、ローも普段の感覚を取り戻していた。
「なぁ、二人は海賊になってもいいのか?」
「政府に盾突く覚悟はとっくの昔にできていましたから。その機会をずっと待っていたんですよ、おれら」
「悔しいけど、奴隷のおれたちだけじゃどうにもならないからね。この十年、本当にもどかしかった」
作品名:夜を駆けていく 作家名:ハルコ