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夜を駆けていく

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 ローをこれ以上傷つけるような真似をしたくない。二人が何よりも優先させるのはそこなのだ。そしてキッドは彼らの気遣いを正確に読み取っていた。
「……いいぜ。行ってやるよ」
「えっ!?」
「本当!? ……やったぁ! ローさん、喜ぶぞぉ!」
 ハイタッチをして喜び合っている二人に苦笑しつつも、自分こそ何を言っているんだろうという感じだった。まったく金にも儲け話にもならないのに。
 けれど、あの生き物の正体を知れるのは、少しだけ面白そうだと思ったのだ。丘の上の上流階級の連中しか見ることができないあれを、スラム出身のキッドが目にする機会に恵まれたのだから。
「悪い、じゃあ、すぐにでも来てもらっていいか?」
「おれ、先に帰って知らせてくる!」
 すでに決定事項として扱われていることにキッドは戸惑いも覚えたが、この浮かれた二人組を見ていたら「まぁ、いいか」とも思った。
 帽子の一人が先に部屋を飛び出していく。そのあとをキッドとペンギンが歩きで続いた。部屋を出たところでキラーたちに声をかける。
「ちと、猫に会ってくるわ」
「……猫? ってまさか、あの?」
「ああ」
 どよどよというどよめきが軽くあがっている。無理もない。自分たちには縁のない存在だったのだ。
「どういうことだ?」
「おれにもわかんねぇ」
 二人組はただ会ってくれとしか言わなかった。理由も不明なのにキッドが行ってもいいかと思えたのは、やはりあのときの瞳が忘れられなかったからだ。
「金になる話ではないんだな?」
 キラーの確認に、キッドは軽く肩をすくめてみせた。
「悪ぃけど、そういうことだ」
「物好きめ……」
「せめて物見高いと言ってくれよ」
 呆れたような幼馴染の呟きに、キッドは笑いながら返して言った。行くな、とは言わないあたりがキラーの信頼の現われだった。

   *

「あいつが……、来るのか?」
「そう……、だよ、ローさん……」
 全速力で駆け抜けたシャチは、ゼーゼーと息を吐きながら、伝えたい大事なことだけは先に述べておいた。
 両膝に手をやって呼吸を整え、やっとなんとか正常に治まりつつある頃に顔を上げてローを見た。
 檻の中でローは戸惑ったように手を動かしたり、鈴をいじくって音を鳴らしたりしている。落ち着かない様子に、シャチは少し微笑んだ。
「大丈夫、相手はおれらと同じ人間だよ」
「……」
「貴族とか、いつも来る偉そうな奴とも違う。怖い噂もあるけど、話が通じない感じではなかったよ」
 見た目ほど狂犬的なイメージはなかった。噂も当てにならないなと思ったくらいだ。
「まぁ、顔は確かにちょっと怖かったけど」
 これは内緒だよという感じに人差し指を立てておどけたら、ローもかすかに笑っていた。
「鞭で打ったりとか、酷い言葉かけたりとか、絶対しないよ。もしなんか嫌なことしたら、そのときはおれが怒るからさ」
「……シャチが?」
「そう! 安心してていいからね」
「……ふふ」
 似合わないことを言っている。それはシャチ自身が一番分かっていた。でもそれでローが笑ってくれるのなら、嘘だってなんだってたくさんつけるのだ。
 シャチがローの緊張をほぐすために頑張りだしてから数分後。
 ペンギンと、その後ろに真っ赤な髪をした男が続いて二人の前に現れていた。
「……あっ」
「ペンギン!」
 びくん、と目に見えて上半身を震わせ出したローの腿のあたりをポンポンと軽く叩いて、シャチは落ち着かせる。
「お待たせ。……ローさん、この男で間違いないですよね?」
 ペンギンが指し示す男は、まさしくあのとき目が合った人物だった。カチコチに固まった身体と思考のせいで身動きが取れない。けれど、あのときと同じく目線だけは男を捉えて離さなかった。
 ──どうして、なんだろう。
 ポッと赤くなる頬を隠すために手が動く。一つの動作が行えたあとは、今度はその顔を見ていられなくなって俯いてしまった。
 何も話せないローに、ペンギンは困ったように頭を掻いた。
 キッドはその後ろで、改めて目の前にいる奇妙な生き物の姿を眺めていた。あのときは暗幕がずらされた一瞬でしかなかったから、顔を少し拝めただけだったのだ。
 ペンギンに案内された場所が屋敷の中ではなく庭の一部であったことに驚き、雨ざらしの外に車輪のついた檻ごと置かれているその待遇の悪さに、信じられないものを見た気分になった。
 ──貴族はコイツで商売してるんだろう?
 夜だというのに下着のような薄い服だけを身にまとっている。この島は気候が暖かいからいいものの、もっと下のほうに行けば凍えてしまうはずだ。
 猫のそばにいる男は、貴族に鞭で打たれたと話していた。猫は猫で檻の中に閉じ込められたまま、しかも屋根もない場所に放置されている。
 ──なんだ、この状況……。
 キッドにはさっぱり分からないが、普通では考えられない現実がここにあることを目の当たりにさせられたのだ。
「おい」
「えっ?」
 キッドはそばにいたペンギンに声をかけた。
「お前ら三人と貴族の関係ってなんだ?」
 貴族に仕える召使いか、使用人か。キッドの、そしてこの国の常識ではそうだった。
 ペンギンは目深に被った帽子の影から、キッドを静かに見つめてくる。ふぅ、と少し息を吐いてから彼は答えた。
「おれたちは皆、貴族の奴隷だ。金で買われたおもちゃみたいなものさ」
 人権も、命の尊厳も無視される、そんな存在だと打ち明けられ、キッドは知らず拳を握り締めていた。


作品名:夜を駆けていく 作家名:ハルコ