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踊りませんか次の駅まで

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 それから一週間後、自分の父親の遠い知り合いというツテで職が決まった。次の仕事場はお父さんとお母さんが二人でがんばっている小さな事務所だった。まだたくさん人がいる所で働くのは怖かったから、そこは社会復帰のリハビリにはちょうどいいのかもしれない。
 それでもまだ不安はあった。今度もだめだったらどうしよう。黙っていると落ち着かなかったから、とりあえず水谷へその旨をメールで送ってみた。
 待つ間もなく電話が鳴り、受話器の向こうの水谷はやたらとはしゃいで栄口へ「おめでとう」と言った。オレあさって休みなんだよ、だからお祝いに明日焼肉おごってやるよと一方的に告げ、水谷は電話を切った。
 デパート勤務だからか、水谷のスーツ姿は男の栄口から見てもかっこいいと思う。ネクタイやワイシャツの選び方からして自分と比べ明らかなセンスの差を感じる。しかし今の水谷は邪魔だからとネクタイを取り、せっかくのボタンダウンのワイシャツをも適当に腕まくりして煙の向こうでトングを操っている。
 「栄口が元気になってよかったなぁ」
 「そりゃどーも、……あっ、ハラミと上カルビお願いします」
 水谷の話を遮って店員へ注文を追加すると、ちゃんと聞けよぉとトングで指差された。
 「オレはさ、いい奴には幸せになって欲しいわけ」
 「はぁ」
 「でもさ、悪い奴が全員どん底まで不幸になればいいとは思わないんだよな」
 「…………」
 「だから栄口が元気になって本当によかったな……」
 わだかまりが一気に溶けた。気持ちの弱い自分も、途中で投げ出した自分も、そうなる原因を作った同僚をも自分自身では絶対許せないと思っていた。そしてそんなふうに未だ根に持ち続けている自分を醜いと思っていた。
 だが水谷はそれらすべてを許し、向かいで肉を焼いている。栄口は誰かから「皆ぜんぶ悪い」と思い込んでいる自分へ「誰も悪くない」と言って欲しかったのだった。
 じわりと涙腺が緩んだけれど気恥ずかしくてごまかした。、今まで水谷の前で泣いたことなんて高三最後の大会の時しかなかったし、それにあの時は水谷もぐだぐだに泣いていた。出そうになった涙は肉と一緒にサンチュへ包んで食べた。
 今度は酒を飲むのをメインに二件目をはしごした。久しぶりに酔うのが楽しくてそのまま水谷の家に泊めてもらった。
 カーテン越しにも日の光を感じて目を開け、自分の部屋とは違う天井を眺める。頭の斜め上、ベッドの方から水谷の寝息が聞こえた。むくりと起き上がり、二日酔いのせいで痛む節々をバキバキ鳴らしたら、不思議と栄口はもう一度がんばれるような気になった。生まれ変わったと言うのは大げさだけれど、またなんとかやっていけそうな希望が芽生えていた。
 ベッドの水谷に起きる気配はなかったので、栄口は音量を消して日曜の昼前にありがちな、どうでもいい内容のどうでもいい番組をだらだら見ていた。それから三十分くらい経ったあたりでベッドの水谷が「会社!」と叫んで掛け布団が跳ねた。
 「休みなんじゃないの?」
 「……そうだった、あー驚いて損した」
 腹減ったけどウチなんもないと水谷が言うので昼過ぎに部屋を出た。
 街はどこも混んでいて、遅めの昼食を取ろうにもいちいち並ばなければいけないのに水谷はなぜか機嫌がいい。
 「俺みんなが休みのときに休みなの久しぶりなんだもん」
 日曜はみんな活気があってニコニコしている。おいしいものを食べた人は幸せそうだし、欲しい物を買えた人はすがすがしそう。今期は女性ものの服の色が鮮やかでいい。オレはやっぱりこの季節が好きだな。
水谷が指摘していく事柄へ順々に色味が帯びる。灰色だった世界は影へと押しやられ、以前はただ邪魔なだけの人ごみが今日は少し違って見えた。
 栄口は、水谷が自分のあるべき姿、元気な姿を覚えてくれていてから元に戻れたような気がした。水谷がいてくれて本当によかった。改めてありがとうなんて照れくさくて言えなかったが、その時から栄口は水谷とずっと友達でいようと決心した。もし水谷が辛いときがあった何でも力になってやりたい。もし自分と同じようにふさぎこんでいたら、とにかく傍にいてやりたいと思った。

 ところがもう、それすら叶わない。とにかく水谷は決めてしまったのだから、それについて自分がどうこう言える立場じゃない。ドアが開き、黄色のブツブツを踏みしだく。
 しかしそれは建前で、本当は理由を問うこともみっともない気がしてできないだけだった。
 (結局いつもオレはそればっかりだな)
 後ろで、ごう、と風を切り電車が流れる。栄口は少し立ち止まって残像を見送った。後悔をもう一度繰り返してみる、友達のままでいたかったのにどうしてあんなことになってしまったのだろう、と。
 栄口がどう悩もうと明日は水曜日だし、あと十数時間後にはまたこの駅から電車に乗って仕事に行かなければならない。出口から吹き付ける冷たい風がいっそう頬を凍らせ、栄口は首をすくめて家路へと急いだ。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら