踊りませんか次の駅まで
ホームにはまたざわざわと人が集まり出し、暗めのスーツを身にまとった一群は朝だというのに覇気が欠けているようにも思える。栄口もその中の一部として黒いマフラーへ首をすぼめ深めの息を吐くと、周りの色彩がまた一段と灰色へと沈むのだった。
今思い出してみるといいことなんて何も無い。残っているのは後悔と課題だけ。あんなことをしてしまった今では、真面目で身持ちが堅いくらいしかなかった自分の長所まで消えた。
(させて?)
四つん這いの水谷が栄口の股ぐらで何をどうしたいのか、『させて?』の意味が何なのかすぐに理解できた。驚く気持ちはあったが、もうその頃には大分出来上がっていたので敢えて拒むことはしなかった。むしろ期待の色に浮かされ、面倒なことは考えなくなっていた気もする。好意に流されるのはとても楽だった。楽だったのだけれど……。
あんなふうに好き好きオーラを出されながら咥えられたことなんて一度も無かった。栄口の見間違いでなければ目が潤んでキラキラしていた。
上目遣いでこちらを見る水谷と視線がかち合い、欲が太る。水谷は栄口のそれをまるで甘くておいしい何かのように心底愛しそうに舐め上げるものだから、動きに合わせて背筋が不自然に伸びた。何か捕まる物が欲しくて茶色の毛先に手を触れる。上下に揺れるその先では水谷がいやらしい音を立て、聞かされるこっちが恥ずかしくて居たたまれない。
水谷によって出されてしまうのがなんだか悔しいけれど、もう限界が近い。その事実から気を逸らすために栄口が動く茶色の頭の向こうを見遣ると、いつの間にか水谷は前をはだけ、片手で自分のそれを触っているのだった。
水谷がそれほどまでできることに栄口は怯んだ。信じられない、男のをしゃぶりながら自分で、なんて、水谷はよっぽどオレのことが好きか、色狂いのホモのどっちかだ。後者ではないことは長年の付き合いからわかっていたので、つまり水谷はそれくらい栄口のことが……。
思い当たる前に視界が白く狭まり、全部こぼれた。どくどくと溢れる濁を止めることなどできず、咥えられたままのそこへ何度か身体を震わせ出してしまったが、水谷は嫌な顔ひとつせずに飲み干していた。
適当に口をぬぐった後、やたらふわふわとこちらを見ていたので、栄口はどうしようもないかわいさに襲われ水谷身を掴んだ。腫れたそこを、強弱をつけて揺すってやると水谷は安易に弱音を吐く。
(うわ、さかえぐち、やば)
前もって自分でいじっていたからなのだろうか、触れてしばらくして水谷の身体が跳ね、栄口の手のひらへぬるい感触が広がった。眉間に寄った皺が徐々に緩み、今は自分の肩口へと額を付け呼吸を繰り返す水谷を本気でかわいいと思った。もし本人の言うように水谷が自分の妻だったなら、家を建てて白い犬でも飼ってしまいそうだった。
(あ、ありえない……)
腰からがくりと身体が折れると、隣に並ぶサラリーマンが怪訝そうな顔をした。奇妙な音階のベルは繰り返し電車の到来を告げる。本来降りるはずの駅まであとひとつ。奥から警笛を鳴らしやって来た電車を捕らえつつ、栄口は昨日、月曜日のことをまた思い返した。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら