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踊りませんか次の駅まで

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 スーパーのビニール袋を力なくぶら下げ、栄口の顔色は浮かない。玄関先で何事かという顔をした水谷に栄口はどんよりと口を開く。
 「大変だ水谷」
 「えーなにそれオレの正月進行の有様より大変?」
 水谷は初売りが勝負のデパート勤務なので、大抵の人が休み明けの今日から正月休みだった。毎年のように聞かされる愚痴は、だいたいが「バイトは忙しくなると辞めちゃうよぉ」、「たかが福袋にあんな時間から並ぶなんて信じられない」、「福袋買う人に押し潰された」。さすがにそのパターンをわかり切っていたので栄口は構わず言葉を続けた。
 「西広が二人目だって……」
 えぇー……、と水谷から気の抜けた声が漏れた。
 西広は高校の野球部からの共通の友人だった。もちろん数年前に執り行われた結婚式にも出席している。傍目から見ていても幸せそうな夫婦に、水谷も栄口もうらやましいなと思ったのを忘れてはいない。
 「今日出先で偶然会ってさ、超ニコニコしてんの」
 「西広がんばりすぎだろー……」
 二十代も前半なら笑って茶化せる出来事だが、二十九の二人には重みが違う。別にどうでもいいといえばそうなのだけれど、三十路も近づくと時々隣の芝生がやたら青々しく見えるときがある。特に栄口は、理想的な夫婦や暖かい家族といったものに憧れが強かった。
 栄口が買ってきたビール六缶は管を巻く二人であっという間に飲みつくしてしまい、ステージは次の、酒の飲まない実家から水谷が送りつけられた変な名前の焼酎へと移った。スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた栄口がコップの中の氷をじっとり見つめる。
 「オレはこんなふうな大人になるとは思ってなかったぞ……こんな寒い日には家に帰るとかわいい奥さんがオレのためにシチューとか作ってくれてるんだ」
 元々仕事帰りだったし明日も仕事があるから、これから正月休みの水谷にサラっと付き合う程度にしておこうと踏んでいたが、思いのほか酔いが回っている。
 「なのになんで今水谷なんかと寂しく乾き物なんかつまんでるんだ、おかしい」
 栄口がそう力説し、コップをローテーブルの上に強く置くと小気味のいい音を立て中の氷が揺れた。水谷に至ってはもはや身体を起こしているのも億劫なのか頭はコップと同じ高度にある。その位置でへらへら笑い、あまりろれつの回らない口調で栄口をからかう。
 「栄口ってそんなコンサバな女が好きなわけ?」
 「悪かったな」
 「えーでも俺の知る限りでは尻に敷きたがりな人としか付き合ってなくね?」
 「うるせー、理想と現実は違うんだよ」
 「いや、意外とそういうところあるよね、封建的っつーか」
 けらけら笑う声がテーブルを伝って栄口の腕へ微かに響いた。
酒というものは感情のブースターである。外へも中へも喜怒哀楽が染み入りやすくなり、何気ない言葉でも妙に引っかかる。今のところ彼女もおらず結婚もできていないのはお互い様なのに、水谷は一体何のつもりで栄口を批評しているのだろう。なおもへらへらし続ける水谷へデコピンをひとつ喰らわしたあと、栄口は「じゃあ水谷はどんな女がいいわけ」と改めて尋ねてみた。
 「美人で笑顔がかわいくて清楚で性格よくてオレのこと一番に大事にしてくれるなら誰でもいいよ」
 それは『誰でもいい』と言わない。
 「夢見すぎ」
 「はぁ? なんでよ!」
 「まずそんな完璧な女なんていないし、いたとしても水谷が結婚できるわけがない」
 「い、言ったわねぇ……」
 「その条件の中でせめて二つか三つくらい妥協できるとこないの?」
 「やだ、絶対妥協したくない」
 その言い分としてはこうだ。だってオレ、最近二十九になったわけじゃん。あと一年で三十よ、若い子からみたらおっさんよ? せっかくだから後悔したくないんだよね。
 それはあと六ヶ月程度で三十になる栄口へ喧嘩を売っているのだろうか。また、おっさんならおっさんで少しは身の程を知れ、と栄口は思ったが、口に出す前に手が出た。手のひらを開いて思い切り水谷の顔面を掴んでやる。特に親指と小指の触れる、こめかみ周辺に力を入れて。
 「あいあんくろーはやめて!」
 水谷があまりにも情けない声を出したのに気を良くし、栄口は言われたとおり手を離した。コップからまた一口酒を含むとアルコールがゆるゆると喉を下る。
 まだ半分以上残る水谷のコップへ氷と焼酎を足し、飲めよと頭にぶつけると、相手はむくりと背を起こし、ただの水であるかのようにぐびぐびと中身を飲み干した。
 「オレは栄口みたいな旦那さんすごくいいなって思うんだけどなぁ」
 「へ?」
 「だって真面目だし、いい奴だし」
 続くベタ褒めに合わせ栄口のコップへと酒が注がれる。表面張力ギリギリまで水谷は栄口の長所を挙げ続け、締めくくりに「オレ栄口のお嫁さんになりたいよー」などとのたまうのだった。
 伸るか反るかを試されているのなら、もちろん受けて立ってやる。こぼれない程度まですすったあと、コップの底から蛍光灯を見た。ぐわんぐわんと視界が揺れ、血の巡りがすこぶる激しくなるのがたまらなく気持ちいい。
 「オレも水谷みたいな子と結婚したいなぁ」
 「えっ! ほんと?」
 「ほんとほんと……」
 擦り寄ってきた水谷のとろんとした目に、久しぶりに深酔いしているなと栄口は思った。それはたぶん自分も同じで、覚醒しているのか眠いのかも掴めない。酔いすぎた。水谷は横に座り、栄口を背もたれに全体重をかけてきた。このまま都合のいい枕に使われてしまうのは面倒だし何より重いから、栄口もまた水谷へ思い切り傾くと、力の向きが食い違って頭が相手の太ももへ落ちた。なんにもおかしいことなんてないのにふたりで爆笑してしまった。笑い声がふと止んだとき、水谷は下を覗き込み、栄口の前髪をやさしく撫でてこう言った。
 「じゃあオレとキスできる?」
 「してみなきゃわかんないよ」
 瞬きをするようにあっという間、唇と唇が触れた。ふふふ、と水谷が不敵にほほえむ。
 「……やったなコノヤロー」
 身体を起こし、向かい合った水谷のあごを指で捕らえた。水谷はやめてーとかふざけているのにちっとも嫌がる素振りを見せない。キスってどういうふうにするもんだっけ。とにかく口つけとけばいいんだよな? 栄口がそう投げやりに判断して唇を寄せると、さっきまでかしましかった水谷がぴたりと騒ぐのをやめてしまった。触れた口先から微かに漂うアルコールの匂いがまた自分を酔わせる。短いキスをどちらからともなく繰り返すうちに頭の中がすっかり麻痺してしまった。キスをするとキスが返ってくるのが面白かったのかもしれない。でもそれだけじゃ済まされない。水谷は男だし、友達なのだから。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら