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踊りませんか次の駅まで

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 そろそろ街に意味不明な工事が増えてくる頃だが、それにしても今日は無闇に看板や三角コーンにぶつかる日だ。寝不足で考え事をしながら歩いていれば当然なのだけれど、当の栄口にはそれすら気づけない。
 出先から戻るとついさっき自分へ電話があったことを告げられた。机の上に置かれたメモ帳には『ミズタニ』という苗字とご丁寧に携帯の番号が書かれてあった。
 「もしもし、先程お電話いただいた栄口です」
 「ちーっす」
 予想通り『ミズタニ』はあの水谷だったので、栄口はかしこまって損したと内心毒づいた。
 「……何で事務所に電話してくんだよ」
 「栄口オレんちに携帯忘れてるから、困るかなと思って」
 そう言われてようやく今日一日携帯を見ていないことに意識が回った。今のところ着信もメールもないけどどうする、と聞かれたが、もう午後四時を過ぎていたから仕事が終わった後、取りに行くことにした。
 「じゃあ一緒にメシ食おうぜ」
 「いいよ、どこで?」
 「遠出するのやだからオレんちの近くのファミレスまで来て」
 「あーはいはい」
 「仕事終わったら連絡して、また寝る」 
今まで寝ていたのかよ、そしてまた寝るのかよ、と言い返す前に電話は切れた。
 オレはいつもどおりに水谷と話せただろうか、声が上ずったりしていなかっただろうか、そんなことばかりが気になってしょうがない。受話器越しに聞こえた水谷の少しかすれた声を頭の中でもう一度再生すると、昨日の一連の出来事を思い出してしまうのだった。
 「友達?」
 「あ、高校のときからの友達です」
 私用に電話を使ってしまった負い目もあり、栄口は友達が、自分が携帯電話を忘れたことを知らせてくれたのだと事務所のおばさんへ説明した。
 「そういう友達は大事にしなきゃダメよぉ」
 おばさんはしみじみと先人の意見を述べた。栄口自身も水谷を大事にしたかったのだが、今の自分にそんな資格があるのかどうかは不明だ。水谷が許可してくれるならずっと友達でいるつもりだった。茶飲み友達くらいまで付き合うつもりは満々だったのに、今はそんな遠い未来も霞んで消え去ってしまった。
 水谷は昨日のことをどう思っているのだろう。もしかしたら覚えていないかもしれないが、過去を顧みても水谷が酒で記憶を失うようなことはなかった。
 どこまで逃げ道を探しているのだろう。そんなになかったことにしたいのか? あんなに悦に入っていたくせに。
 書類に目を通しているのにもかかわらず、脇に寄せたメモに書かれている『ミズタニ』が目をちらつかせるのが癪で、栄口は手の本能に逆らわず裏面へとひっくり返した。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら