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踊りませんか次の駅まで

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 水谷の部屋は今日の夜明け前、逃げるように出てきたときと全く変わっていなかった。ローテーブルの上にはまだ飲んだ残骸が散乱している。それらはつけられた明かりによって影を落とし、もともとあまりきれいではない水谷の部屋をより乱雑にしてみせる。
 缶くらい片付けろよと苦言を呈そうとした栄口のうなじに息がかかる。戸口で抱きしめられたら身体が石になってしまったかのように動けない。水谷の腕の中でくるりと回され、前触れもなく口付けられた。お互い目をつぶらなかったのは、ちゃんと相手を確認したかったからなのだろうか。昨日何度もしたのに唇が触れ合うと素直に奥底が揺れた。
 今度は幾分器用に指がネクタイを緩め、ワイシャツの第一ボタンを外してすぐ、そのわずかな隙間へ水谷は貪欲に歯を立てた。予想なんてできなかった。露骨に身体が跳ねた栄口に気を良くしたのか、水谷はだらしのないネクタイをそのままにボタンへひとつひとつ指をかける。脱がされるなんてとんでもない。酔ってもいないのなら尚更羞恥心が募った。
 「脱ぐから、自分で」
 水谷の腕を無理やり払ったのはいいものの、どこまで脱げばいいのかわからなかった。栄口はとりあえずコートとスーツの上を取ってワイシャツ姿になったが、これ以上自分ではどうにもできないのだった。
 「着たまましたいの?」
 不躾な水谷の言葉に耳まで赤くなったけれど手は一向に動かない。水谷に脱がされるより、相手の目の前で自ら服を脱ぐほうがもっと恥ずかしいことにやっと気づいた。
まごまごする栄口に痺れを切らした水谷が、取れかけのネクタイを乱暴に引き抜き床へと放った。
 「昨日と同じく床か、それかオレのベッド、どっちがいい?」
 そこで脱がしてやるよ。
 栄口の口の中で舌がじわりと動き、思わず唾を飲み込む。「脱がしてやるよ」なんてえらく高いところから物を言うと思ったが、心の中でその言葉を繰り返すと、みるみる欲が湧き上がってくるのが自分でもわかった。部屋の蛍光灯を背にした水谷の目は妙に冷静で、挑戦的だった。
 ただ突っ立ったままの栄口の腕を強引に手繰り寄せ、水谷はさっき床へ落としたネクタイと同じような感覚で栄口をベッドへと突き飛ばした。雑に扱われれば扱われるほどいい。自分の上で馬乗りになった水谷が最後までボタンを抜き、ワイシャツの裾を散らした。空調のきいていない部屋の中はうすら寒く、水谷の冷たい手が身体の線をなぞると肌が粟立つ。
 「それやめて」
 「なんで」
 「くすぐったい」
 女でもないのにそんな所を熱心に啄ばまれても、むず痒くてたまらないだけだった。ふうん、と水谷は納得したようで、手がベルトを解く、わずかな金属音がカチャカチャと耳の中で燻る。半分くらい起き上がった栄口自身を軽く揺すりながら、水谷の口元はまた栄口の胸元へと戻った。さっきとは少し感じが違い、扱く手の動きに合わせて水谷に噛まれるとそこへ熱が集まる。
 「……オレ開発しちゃった?」
 こんなところをいじられて良くなってしまう自分が恥ずかしい。先から溢れた滴を拭うと同時に、赤く浮いたそこへ強く爪を立てられたら最後の砦まで崩れる。眉間の辺りがじりじりとこそばゆく、鼻から抜ける声はとても自分のものと思えなかった。
 「ひどくされるほうがいいの?」
 「や、あっ」
 「かわいい……」
 胸にぴったりと顔を寄せそんなことを言うから、水谷の声があばらに反響して心の奥まで届いてしまう。もう身体のすべて、どこを水谷の手のひらにかき混ぜられても芯へと熱が伝わる。
 自らもまた前をはだけた水谷のが、既に立ち上がっていたのに栄口は驚いた。
 「……水谷はオレで立つんだな」
 「おかしい?」
 「ううん、すごいと思う」
 「オレは雰囲気でそうなるタイプ」
 なるほど、たちが悪い。
 キスがしたくてむくりと身体を起こす。栄口から唇を寄せ中へと舌を潜り込ませると、水谷はそれを受け入れ、ゆるゆると絡める。水谷とするキスはなんだか楽しい。多分これが水谷の言う『イチャイチャ』なのかもしれない。
 なおも自分の太ももの上に腰を降ろした水谷が、ふいに自らのと栄口のを手のひらでひとつにまとめた。
 「……一緒にしよ?」
 つまり、栄口もまたそこへ手を貸し、一緒に動かそうと水谷は言っている。当然だけどこんなの初めてだった。すごく不思議な感じがする。自分のもそうなのだけれど、水谷のはもっと熱くて、栄口は触れる手が冷たくないだろうかと少し気にかけた。けれど動かしているうちにあっという間に手は温まった。
水谷がそうしたように栄口もその首筋を軽く噛むと、水谷は小さく息を吐いてその身を一層硬くする。ねだられたキスにはすべて倍返ししてやった。舌の出し入れを繰り返す間にどうにもならない水音が漏れ、それは自分たちが握った先から溢れる音と似ていた。
 何度も下から上へ擦られ、その勢いまま全部出してしまいそうになる。我慢するのももうつらい。
 「みずたに、オレ、もっ……」
 「うん、オレもいきそ……」
 ひときわ強くぎゅっと動かされて意識が飛んだ。目を閉じているのに視界がきゅうと白く狭まる。水谷の手は栄口が達してから数回動いたのちぴたりと止まった。指の間からどくどくとぬるい液体が染み入り、先の自分のと合わさってお互いの手のひらを汚す。
くらくらする頭を相手の肩口へもたれかけると水谷のシャツからは水谷の匂いがした。なんだかそれですら愛しい。この前よりずっとひとつに混ざれた気がした。
 しばらく二人で息を整えていたが、手の辺りがだいぶ冷たくなってきたのでそこから手を離すと、指の隙間を抜けてどちらのものかわからなくなった精液がぼたりとシーツへ落ちた。
 「やっべ、ティッシュどこだっけかな……」
 「テーブルの上」
 濡れた指やらなにやらをとりあえず拭い、出しっぱなしだったそれもしまった。ワイシャツのボタンをまたかけ、面倒だから締めないけれど水谷によって投げられたネクタイを探す。
確かめる作業だったせいか、終わった今では変にドライで余韻も与えられない。一通り服を身に着けてしまうと本当に自分は水谷とあんなことをしていたとは思えないくらいこざっぱりとしてしまった。
 「栄口ぃ、オレさぁ」
 「ん? 何?」
 「もう元には戻れないかも」
 そうか、と返すしかなかった。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら