愛してくれないあなたなんか興味ないの
俺は静雄が未練を持っていることがなんとなくわかっていた。そういう自信があった。だから今夜、呼び出されてのこのこ出てきたのだ。屈折した負けず嫌いの俺は、負ける勝負なんてする余裕はなかった。
とても情熱的なキスをした。最初は軽く、徐々に入り込むように、終いには隙間をひとつも許さないように、深く深く口付けた。俺はそれだけで、完全に静雄に酔ってしまった。俺と一緒にいたときは、こんなキスの仕方はしなかった。
「……遊んでますね、静雄さん」
くちびるが離れて、俺は上目遣いで不敵に笑みを浮かべる。サングラスをかけずにさらけ出された穏やかな瞳の色は、全く変わらない。時が止まったようにあの頃のままだ。そのガラス体には俺だけが映し出されている。間近で静雄の顔のパーツひとつひとつをじっと観察するように見て、やっぱり俺は昔っから面食いだったんだな、と思った。
不意に噛み付かれるように再びキスされる。今度は激しく、まるで食べるみたいだ。おのずと誘うような腰つきになって、俺は静雄の背中に両腕を回した。
静雄から離れたあの日、俺はこれが永遠の別れだと思っていた。金輪際、もうこの人と関わることはないんだろうと思っていた。だがどうだろう、こんなに容易くまたベッドを共にすることになるなんてな。俺はそのあっけなさに、一種の虚無感のようななんとも言いがたい気持ちを持て余しながら、静雄に抱かれていた。
静雄のことが本当に好きだったあの熱い感情が、まざまざと蘇った。ああ、俺は幸せだったんだ。こんないい男と一緒にいて、守られて、飽きるほどセックスをして、なんて幸せ者だったんだろう。同時に、どうしてこんないい奴と離れてしまったのか、本当に惜しく思った。
でも、互いになにものにも縛られない関係でこういったことをするのも、なまじっか悪くない。これっきりでもいい。そう思えるぐらい、静雄のセックスは気持ちよかった。どの女より男より、俺はこの人に抱かれるのが好きだ。全てを奪われてもいいって、きっとこんな気持ち。俺はいいように身体を委ねて、幸せの温度を再び、思うまま堪能した。
翌日目が覚めると、隣に静雄の姿はなかった。代わりに、サイドテーブルにはホテル代が置いてあった。昔と違って俺はもう成人して働いてるし、全額払ってもらう義理はなかった。今度会ったときにでも返そう、と思ったが、不意に出てきた「今度」という当然のような言葉に疑問を抱いた。今度、また会うつもりでいたのか、俺は? 一度終わった関係が、そんな簡単にまた始まるもんなのか?
俺は普段、池袋近辺にはめったに来ることがない。いつも通りの生活をしていれば、この前みたいに静雄に会うこともないだろう。でも、なんとなくまた静雄と連絡を取り合うような気がしている。この変な自惚れみたいな自信は、いったいどこから来てるんだろう。俺は素っ裸のまま上半身を起きあがらせて、静雄のにおいが残った部屋のなかでしばし思いを巡らせていた。
それから二週間ほどなにごともなく過ぎて、静雄からはなんのアクションもなかった。俺なんかただの欲望の捌け口だったのかなあ、なんて思って、だんだん虚しくなってきた。でも静雄が後先考えず、あんなことをするとは俺には思えなかった。
帰宅して疲れた身体でベッドに飛び込む。俺は取り出した携帯電話をぎゅっと握り締めていた。画面にはこの前掛かってきた静雄の番号を表示させ、親指で通話ボタンを押した。信じさせて欲しいっていう、祈りみたいな願いを込めて。
『もしもし』
コールしてまもなく静雄は電話口に出た。着信を無視されなかったことにほっとした。
「あー、俺です。こんばんは」
静雄の少し口ごもった相槌が返ってきた。あれからなんのフォローもしてなかったことが気まずいんだろう。俺はあえてストレートに切り込むことにした。
「静雄さん、ヤリ逃げダメゼッタイ」
『ああ、悪い悪い』
「なんすかその、悪いと思ってない感じの言い方!」
『悪いと思ってるよ』
「……なにに対して? 俺を放置しておいたこと? それともやったこと自体?」
俺の問い掛けに、静雄は少し間をおいてから答えた。
『前者だよ』
「ほんとーかなあ」
『本当だよ』
まあ、ここでやったこと自体を謝られたりでもしたら、俺の立つ瀬がない。一種の社交辞令なのかとも思って気になったけど、俺は軽いノリで喋り続けた。
「後悔してる? 軽はずみだった?」
『……お前、変わったな。前はそんなズバズバ言ってこなかったよな』
「言わないとはぐらかされるって学習したんです」
『はぐらかしてたのはお前だろ。どうでもいいことばっか喋ってたな』
そうだったっけ、と思った。十代の頃静雄に対して考えてたことが、もやがかかってよく思い出せない。俺はどんな風にこの人のことを好きだったかな。その熱さだけが残っていて、感情の機微だけ置き忘れてきたみたいに、ぽっかり穴が空いてる。もしかして、忘れちゃうぐらい辛かったのかな。俺って結構傷付いてたのかな。傷付いてたってことを自覚すると、相手に少しぐらい甘えてもいいかなって慢心してしまう。
「軽はずみじゃなかったんなら、また会ってくださいよ」
『………』
「会いたくない?」
『会いたい』
――あ、今、ぐっときた。この感じ。俺は少しだけ思い出す。恋愛してるときの充足感とか、幸福感とか、全部静雄が与えてくれていた、あの頃の甘い感情だ。
「俺も、会いたいよ。静雄さん」
会ってどうすんだよとか言われるかもしれないと思っていた。予想よりもずっと優しかった静雄の答えに俺は安堵して、甘えた声を出した。
静雄に、あの頃とは少しだけ違う俺のことを知って欲しい。会って確かめて欲しい。これからどうなるとか、今はそんなこと考えないで、ただ静雄と一緒にいる時間が欲しいんだ。
次に会う約束を取り付けて、電話を切った。まるで、新しい恋が始まったみたいな感覚だった。ベッドのうえで身体をごろごろ転がして、顔を手のひらで覆った。
(俺はなんて身勝手なんだ)
後ろめたいのに、気分はとても高揚している。今夜はなかなか眠れそうになかった。
作品名:愛してくれないあなたなんか興味ないの 作家名:ボンタン