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狭間で揺れる

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繋ぎとめるように手を伸ばす




 暗い場所にいました。
 周り全てが暗くて、何も見えなかった。怖くて怖くて、あたりに手を伸ばしても何も触れられない。なのに何故か自分だけは見えて、なんでだろうって思いました。
 光もない、音もない。此処は本当にどこだろう。なんで自分はこんなところにいるんだろうって。
 待っていても何も変わらなくて、そのうちとぼとぼと歩きだしました。それでも闇の先には触れるものも何もなくて、かえって心細さが増すばかり。右も左も前も後ろも全てが暗くて何もわからない。
 でも、そんな場所でも触れるものがあったんです。足元に。
 自分は見えるのに、それだけは見えなくて。なんでだろうって思いながらしゃがんだら、ふわふわした手触りがして。ほんの少し冷えていたけど温かくて、ああ、生きているんだなって。
 思わず安心してその子を抱き上げました。不用心? 失礼な。あんな状態だったら誰だって縋ってもいいと思います。……話がずれました。ともあれ、その子はとても軽くてあたたかくて。擦り寄ってくれる温もりだけが闇の中での縁でした。
 ……はい、そうです。目の高さまで持ち上げたら、それまで朧気だったんですけどはっきり見えたんです。周囲と同じ暗闇に同化するくらいに、黒くて、つやつやしてて可愛い猫でした。下に下ろすと同化してわからなかったんですけど、その目だけは爛々と赤く輝いて。ああそうですね、丁度貴方みたいな目でした。
 ともあれ、その子はずっと僕に連れ添ってくれたんです。時に離れることもあったけど、またいつの間にか戻ってきてくれて。腕にいてくれることもあって。あったかいなあ、可愛いなあって思って、いつのまにかその子がいることが自然になってました。
 この子がいれば怖くない。僕は僕で居られるって、そう思いました。当然でしょう? 誰だってあんなところにいつまでも居れば気が狂います。僕が僕でいられたのは間違いなくあの子のおかげでした。どうであれね。
 どれくらい時間がたったかな、不意に、それまで暗闇しか広がってなかった空間に、一本の白い道が出来たんです。なんでだろう、よくわかりませんが此処を辿れば帰れるって思いました。疑う余地もなく。
 一歩、足を踏み出しました。でも、その時。抱えていた腕から猫が逃げたんです。
 戸惑いました。今まで一緒にいてくれたのに、この子も行ってしまうのかと。泣きそうになりました。暗闇に混ざってしまえば僕にはその子は見つけられない。それでも視線を彷徨わせれば、爛、と灯る赤い瞳がありました。僅かながらに周囲の闇が動いた気がして。
 道がそこにあることを確認して、その子を追いかけました。逃げるでもなく、ただ待つかのように一際暗い所に佇んでいました。抱こうとしたら避けられました。でも何度も手を伸ばしていると、仕方がないなって感じで一緒に歩いてくれたんです。道の方に。
 白い道のところに出て、その子の姿が闇から浮き上がったのを見て、やっぱりこの子は黒猫なんだと思いました。微妙に発光している道の間際で佇んでいる黒猫が綺麗だった。それでもって、おいでって感じでひょいひょい尻尾振るんです。それでも道の上に乗らないであくまで脇の暗闇の中にいて。
 一緒に来て欲しいのに、ダメだって鳴くんですよ。いつもだったら諦めるんですけどなんでかその時はどうしようもなく悔しくて。じゃあ先に行ってって言ったら、困ったようにこちらを見返して、……猫なのに人間くさく鳴いた後、道に飛び乗ってくれたんです。
 嬉しかったですよ。ちょっと先を歩いているその猫が、先導してくれるようで。一人じゃないんだって教えてくれるようで。……でも、長くは続かなかったんです。
 それまで音も何もなかったのに、亀裂が入る音がしたんです。なんだろうって周りを見ても何もない。可笑しいと思いながら下を見れば、なんでか白い道に亀裂が入ってたんです。道に亀裂なんて地震じゃあるまいに。そう思ってもひび割れは止まらない。
 先を行く猫は気付いていないようでした。そして猫の方には亀裂が広がってないのに気付いたんです。そうか、この道は僕の方に罅が入っているんだと。
 そこでわかりました。この道は薄くて、狭くて、一人しか通れないと。そこを無理やり二人で通っているから罅割れるのも当たり前だって。なんでそんな考えになったのかは分かりません。でもそれがその時の僕の真実でした。
 じゃあ、いいかって。この子なら軽いから、道が割れても先に行けるんじゃないかと思いました。僕より、この子がいい。この子に先に行って欲しい。幸い黒猫は後ろの異変に気付かずにすたすた先に進んでいましたから。
 どうか振り返らないで行って欲しい。悲鳴を上げる道をそれでも歩きながら、最後に落ちるまで僕も頑張って走ったんです。それでも何故か猫には追いつけなくて、崩落はすぐ後ろにまで迫っていて。
 あ、落ちるなって思った時、それまでずっと先に行っていた猫が振り向いたんです。遠かったのに、何故かはっきりわかりました。赤い目を見開いて、こっちに走ってこようとしてました。だめなのに。こっちに来たら落ちてしまうのに。
 ……でも、その子は来ませんでした。落ちる道がわかったんでしょう。立ち止まってこちらをじっと見たんです。ああよかった。その時に僕が思ったのはそれだけです。きっとまた会えるだろうと思ったので、声をかけました。大丈夫だって。また逢おうって。赤い瞳が揺れて、最後に一声、その子は鳴いたようでした。
 そこで、僕の意識は途絶えました。



「……僕の見た夢は、これくらいです」
 
 そう締めくくり、息を吐く。すかさず差し出されたカップに礼を言って口をつけた。短い話のはずだったのだが意外と長くなった。僅かに温くなったお茶は丁度いい熱さでさほど苦もなく喉を通る。
 ふぅと息を吐けば横に座った相手はくすりと笑んだ。
「悪かったね。病み上がりにこんな話させて」
「いえ、僕も気晴らしになりましたから」
「そう? でも気分が悪くなったら言いなよ」
 やんわりと無理はしないようにと釘を刺す臨也にはははと苦笑し、帝人は視線を外に投げる。穏やかな昼下がりで春めいた日差しが暖かい。ここが病室でなければと思うくらいの陽気だ。外から笑い声も聞こえるから中庭には人も出ているのだろう。
 そんな日に、病院という場所で折原臨也と二人きり。しかも互いに服装はパジャマと病院服だ。普段では決してありえない状況に少しだけ好奇心が刺激される。
 臨也はベッド脇の椅子に腰かけて、帝人はベッドの背もたれに寄り掛かりながら身を起こしている。辛くなったら寝ててもいいよと臨也は言うのだが、それはなんだか気が引けた結果だ。
 帝人は四日ほど前、暴漢に刺された。今も脇腹にはひきつれるような痛みがあるし、縫合されているとはいえ動かせば痛い。だが傷を負ったというのに後悔はまるでない。自分でも意外だと思うのだが。
 原因となる相手を目にしても、怒りは湧いてこない。ただやってしまったものもは仕方ないと思うくらいだ。我ながらそれはどうかと思うのだが、実際こうなのだからどうしようもない。
 困ったように笑っていると、察した臨也がそれにしても君も面白い夢を見るねと笑った。
作品名:狭間で揺れる 作家名:ひな