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覚悟のススメ

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 それで用事にかこつけて船遊びがてら、久しく見てない尚香の顔でも拝みに行こうぜ、と誘ってみたら、花はここ最近の鬱々とした調子が嘘のように上機嫌になった。挙句「丁度尚香さんと話がしたいなと思ってたんだ」とか言ってうれしそうに笑ったもので、まあたまには人の忠告も素直に聞いて見るもんである。
「……ま、乗せられンのは趣味じゃねえが、花のためだもんな」
「は?仲謀様、何かございましたか」
「ああ、いい、いい。なんでもねぇ。それよか尚香の部屋はまだかよ」
 案内の文官に従って廊下を曲がり、顔を上げれば手入れの行き届いた庭の威風堂々とした風情がよく目に映えた。
 玄徳が益州牧としてこの邸に入ったのは割と最近の事の筈だが、見慣れぬ邸は成程、住み慣れた京城に劣らぬ作りと広さをしていて、此処をド田舎と評したのは流石にちょっと間違いだったか、と俺は思う。
 とは言っても、それを玄徳の野郎に素直に言ってやれるほど、愛想の良い性格はしていないのだが。ぽつりとこぼした独り言を文官に聞き返され、聞くなとばかり俺が手を振って話題を変えると、文官は砕けた笑顔を顔に浮かべて「もうすぐそこですよ」と言った。
「仲謀様が玄徳様方と会談なさってる間、花殿がよくよく奥方様のお相手を勤めてくださいましてね。いやー、正直助かりました。おかげさまで今日は平和な一日です」
「助かったって、なんだ、お前も被害者か」
 聞けば、士元と名乗った文官は、本心を伺わせない笑み方でにこにこと微笑みながら「ええ、まあ」と頷いた。
「普段なら奥方様のお相手は、芙蓉姫が勤めてくださるんですが。あの方も奥方様に負けず劣らずの武芸好きなもんですから、被害の相乗効果は期待できても抑止力にはならんのです。その点、花殿は素晴らしい。将来の姉上に何かあってはと、花殿相手なら奥方様も無茶は出来ぬと見えて、お茶とお菓子で半日を無事に過ごされますのでね。なのでもう私らとしては、いっそ花殿をこちらに置いて行って頂きたいぐらいなのですが……さて、ご足労おかけしました。奥方様のお部屋はあちらです」
「バカ言うんじゃねえや。もうじき婚儀もあげようって婚約者を、だーれがこんなとこに置いていくかよ。ったく……ああ、ご苦労だった。もう下がって良いぞ」
 成都に到着した後、「お前は先に尚香の顔でも見て来い」と係の侍女に花を預けて別れてから今まで、文官の話から察するに、花と尚香は随分話も弾んで楽しい時間を過ごしているようだ。
 これでなんとか花も元気になってくれれば良いんだが、と俺がつらつら考えを廻らせていたところで文官の声がかかり、示された方を見れば、部屋は恐らくこの邸で一番綺麗に手入れされているのだろう庭と池が一望できる、邸の最も奥まった一角にあった。
 頷いて文官を下がらせる。そうして一応用心のために文官の後ろ姿が廊下の角を曲がるまで待ってから、中に居る筈の妹に声をかけるべく唇を開きかけたのだが、肝心の声が出る前に明らかに妹の物ではない、どうにも素っ頓狂な声が聞こえてしまえば、その口も閉じざるを得ない。

「えええ!?そ、それでばっさりと!?雲長さんの髪を!?うっわー、道理で雲長さん、あんな……てっきり気分転換か何かかと思ってたんだけど」
「はい……長くなりすぎたので、少し切ろうかと思っていたところだった、と仰って、快く許してはいただけたのですが」

 いくら愛しい女の声でも、聞くに堪えない時、と言う物はあるだろう。
 例えを言うなら今の瞬間がまさにそれで、嫁入り前の娘がなんつぅ声出しやがると思わず扉を叩きかけた手を止めて俺が顔をしかめると、扉の内側でしょんぼりとした別の声……今更間違うまでもなく確かに尚香の声だった……が、さらに物騒な事をさらりと言った。
「一歩間違えばまさに首が飛ぶ所でしたのに……雲長殿には本当に申し訳ない事をしてしまいました……」
「うわぁ……雲長さん、よく無事だったなぁっていうか、雲長さんだからこそ、なのかな。雲長さん、すごく運動神経よさそうだし」
「ええ、雲長殿はとてもお強い方です。あの時もそれはそれは軽やかに私がすっ飛ばしてしまった大刀を捌かれて、もうその身のこなしの鮮やかな事と来たら!一流の武人とはかくあるものかと、思わず惚れ惚れしてしまうくらいで」
「へえ、そんなに凄かったんだ……ああ、そう言えば雲長さんが訓練してる所、何回か見た事あるけど、やっぱりすごく動きが綺麗だったなぁ。しなやかっていうか、何かの映画のシーン見てるみたいで」
「えいが?とやらが何かは解りませんが、雲長殿の動きはたしかにしなやかで、まるで舞われているように見える時があります。我が君との打ち合いの時など、特に見惚れてしまう程です。ああ、そうそう、翼徳殿と子龍殿の試合も先日拝見させていただいたのですが、彼らも本当に凄いんですよ。翼徳殿の剛と子龍殿の柔の真っ向勝負と言った趣で……」
 おいおいなんなんだ一体何の話だ。首が飛ぶって、今聞こえなかったか、おい。
 部屋から漏れ聞こえる会話の内容に思わず訪いを告げるのも忘れ、これが女同士の会話かよ、と少し呆れながら、廊下側に切られた窓から中を少し覗く。
 いかにも奥方の部屋と言う風情の、細々した室礼が随所を飾る広い部屋でらしからぬ会話をしている女たちは、どうも衝立で仕切られた部屋の奥にいるらしかった。
 丁度衝立の蔭になっている尚香の顔は見えなかったが、今日の遠出の為にと、先日誂えさせたばかりの薄藍の着物を纏った俺様の可愛い婚約者……花、の後ろ姿は、入口近くの窓からでもよく見える。
「うん、でも尚香さん、すごく元気そうだね。良かった」
「はい、それはもう。皆さん大変良くしてくださいますし、我が君も花殿が仰ったとおりのとてもお優しい方ですから……玄徳殿は私がどんな失敗をしても、いつも笑って許して下さいます。私は私のままで良いのだと、何も我慢や無理をする必要はないと仰って下さるのが嬉しくて」
「あはは、玄徳さんらしいなぁ、それ。玄徳さんなら絶対、尚香さんにそう言ってくれるって思ってたけど。でもいいなぁ、そういうの。なんだか羨ましい」
「羨ましいなどと、花殿の仰る事ではありません。私は玄徳様のお言葉に甘えてばかりで、まことの夫婦と呼べるような関係にはまだまだです。なので、素直に何でも言い合える花殿と兄上が、私の方こそ羨ましい……そういえば花殿も、婚儀の準備の方はどうされているのですか?」
 安堵と笑みをにじませて花が言えば、尚香は兄貴の俺からして見てもいかにも新妻らしい、はにかんだような微笑み混じりの声でそれに応えた。
 玄徳と尚香の夫婦仲が良好だと言うのは、折々に届く尚香からの手紙でも知れていたし、細かな心尽くしが行きとどいた尚香の部屋の調度や、先程の文官などの話からでも充分すぎるほど察せられる。
 それでもなんつーか、ついこの間までチビだガキだと思っていた妹が、気恥ずかしそうに旦那の惚気を言う所ってのは、兄貴としてはちょっと複雑なもんがあるだろう。お陰でなんとなく微妙な気分になっちまってる間に二人の話はどんどん先に進んでしまい、挙句そんな風に話題が続いてしまえば、俺がますます中の二人に声をかけにくくなっちまったのも道理だと思う。
作品名:覚悟のススメ 作家名:ミカナギ