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植物系男子

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その9




新羅とセルティにああは言ったものの、実際どうすればいいのか俺は考えあぐねていた。
そのままいたずらに時間が過ぎ、変化が現れたのはちょうど、ついさっき。
全く面識の無い人間数人に囲まれた。それもその辺のチンピラなんてものじゃない。数人は拳銃を持っており、危うく土手っ腹と頭に喰らうところだった。
本気で殺しに来ている。その殺気に、久しぶりにリミッターが外れた。
それからだ。あれだけ静かだった池袋が一時騒然となる。街の至る所で喧嘩や暴力が横行していた。まるで何かのスイッチでも入れたかのように、がらりと変わった街の空気に血まみれになったまま俺は舌打ちをする。
“誰か死ぬかも”
新羅に言われた一言が脳裏を過ぎる。俺だけならいい。だがもし、他人の命に関わることになったとしたら。
煙草を取り出して家路を急いだ。銃弾が掠めた横腹と二の腕の血は既に止まりかけており、鉄パイプで殴られた頭の血もそろそろ止まるだろう。乾いてパキパキと張り付く感覚が厄介だ。帰ったら、取りあえずシャワーでも浴びる。
怒っているのだと新羅は言っていた。それはつまり苛々しているということだろう。
あれも持って行こう。煙を吐き出し、俺は胸元に忍ばせておいたサングラスを取り出した。






さて、ここまでやって来たのはいいがこのセキュリティをどうするか。全く考えていなかった俺はドアの前で立ち尽くす。
こんな扉くらい壊してもいいが、器物破損で捕まりに来たわけじゃない。
夜の新宿の街は落ち着かず、さっきから何本も煙草を灰にした。

「折原臨也に、用かしら?」

不意に横から話しかけられ顔を向ける。長髪の黒髪を靡かせて、女がひとり立っていた。手には何かの封筒が握られている。

「…そうだな」
「そう。待っているのなら、呼んでくるわ」

事務的にそう返すと、彼女はさっさとセキュリティをクリアしてドアを潜った。にこりともしない、可愛げのない人間だ。臨也の知り合いだろうか。
言われた通りに待っていると、背後から嫌な臭いがした。ほぼ反射的に寄りかかっていた街灯から離れると、遅れた毛先が音もなく切られた。睨みつけた先には、闇に塗れた折原臨也の姿があった。

「ノコノコやってくるなんて、ほんとシズちゃんは馬鹿だよねぇ」

臨也は構えていたナイフを手に肩を竦め、あの人を見下したかのような瞳で蔑んでくる。あぁうぜぇ。なんでこいつはこうなんだ。

「どうせ新羅あたりにでも言われたんだろ?あいつはセルティが悲しむことはしないからね。それを防ぐ為なら君だって利用する」
「どうでもいいんだよ、そんなことは」

俺はそんな話をしに来たんじゃない。ふーと長く息をついて、数歩先にいる奴を見た。

「手前は、俺が憎いんだろ。関係ない奴を巻き込むのは、止めろ」

言えば、はははとわざとらしい、甲高い笑い声が聞こえた。

「わざわざそんなこと言いに来たんだ?おめでたいなぁシズちゃんは!」

人を馬鹿にしたような笑いは止まらない。こいつのこういうところが、俺は激しく嫌いだ。
話が進まない。踵を返したくなるのを我慢して、俺はじっと耐えた。

「自惚れないでよ」

真顔になった臨也がナイフを向けてくる。その切っ先を、真っ直ぐに見返した。

「自惚れでも何でもいい。俺に言いたいことがあるんなら、さっさと言え」

しばらく黙り込んでいた臨也は、舌打ちをして顔を背けた。通りすがる車のヘッドライトで照らされた横顔からは、珍しくあのくせぇ臭いがしなかった。
軽く瞠目していると、ふっと奴が目を細める。

「ほんとに変わったよね、シズちゃん。まぁ昼に銃で撃たれてるのにこうして生きてる化け物っぷりは健在だけどさ」

やっぱりあれはこいつの差し金だったようだ。俺はじっと、奴の目を見る。
それなのに、やはりくせぇ臭いがしない。何故だろうか。今ならこいつと話せる気がした。
手にしていたビニール袋を、奴に向かって投げた。他に適当な袋がなかったのだ。
訝しげながらもそれを受け取った臨也は、中身を見て顔を顰める。

「何これ?」
「俺が変わったってんなら、それの所為だ」

臨也が中から手にしたのは、ひとつのサボテン。臨也に言われて気付いたが、確かに日に日に成長しているようだ。

「これシズちゃんの部屋にあったやつでしょ?」
「あぁ。苛々してる人間を落ち着かせる効果があるんだと」
「……は?」

たっぷり、欠伸でも出来そうな間を取って臨也が盛大に眉を寄せた。

「苛々してんのなら、やる。だからもう池袋に手を出すな」

臨也は動かなかった。
だが急にふっと息を吐いたかと思うと、手にしたそれを地面に叩きつけ、先ほどとは比べ物にならないほど大きく笑い声を上げてそれを踏み潰した。
靴底とアスファルトに挟まれ、サボテンはトゲが折れ、ボロボロに潰される。
見かねて、おい、と声をかければ、臨也の足はぴたりと止まった。

「くっだらない」

吐き捨て、この世で一番嫌いな物を見たような目つきで臨也が俺を睨みつける。

「池袋最強の男を変えたのがこんな植物だなんて、全然面白くない」
「面白くなかろうが、事実なんだよ」
「冗談でしょ?ねぇ、シズちゃん」

臨也は先ほどの怒気はどこへやら、笑っているもののどこか縋るような瞳で見てきた。
こいつはこんな顔をする人間だっただろうか。俺の知る折原臨也は、いつも蔑んだように嘲笑して、嫌悪を露にして人を見てくるのに。
今のこいつはまるで夕日に長く伸びた影のようだ。気が付けば闇に呑まれて、消えてしまいそうで。

「本当のことだ」

告げた言葉は最終宣告のようで、臨也の顔が引き攣っていく。笑っているのにはちきれそうで、泣き出す寸前の子供のそれによく似ていた。
馬鹿だなと、何故か思う。俺は頭も良くないし難しいことはわからないが、俺とこいつがとんでもなく馬鹿なことをやっていることだけは理解できた。
俺たちには時間が必要だと、セルティが言っていた。
あぁそうだな、その通りだ。

「臨也」

名前を呼んだ。あれだけ憎くてたまらなかった奴の名前が、自分でも驚くくらいすんなりと零れ出た。

「戻って来い」

臨也の顔が、驚きへと変わる。居たたまれず、俺は息を付いて視線を逸らした。

「手前の荷物、邪魔なんだよ」

目の前の道路を走る車のエンジン音が響いた。それくらい、ふたりとも黙っていた。
その静寂を破ったのは、臨也の方だ。
ふっと小さく息をついて、額に手を当てた。

「シズちゃんは…酷いよね」

俺は目を見開く。
どこまでも儚げに、臨也は笑っていた。こいつのこんな顔を見るのは、初めてだった。

「…何がひでぇんだよ」
「言わないよ」

臨也は静かに目を伏せた。夜の新宿に、小さく風が吹く。
ほんとに、ひどい。
月の綺麗な夜だった。風に乗って、そんな声が微かに耳に届いた。


作品名:植物系男子 作家名:ハゼロ