植物系男子
その13
※全然ぬるいですがR15くらいです
今日の臨也はまた一段と機嫌が悪い。帰宅して早々それを感じ取った俺は、挨拶もせずにシャワーを浴びた。飯なら外で済ませてきた。最近俺が元気がない(らしい)のを気にしてトムさんが奢ってくれたのだ。
風呂からあがると、日課である牛乳を飲むため冷蔵庫を開ける。綺麗に並べられたプリンが見えたが、食べる気にならず牛乳パックだけ取り出し閉める。一杯飲んで、そのままリビングへ移動した。
臨也の機嫌は相変わらずだったので放置して、テレビをつけた。臨也がキーを叩く以外は無音だったこの部屋に他人の話し声が響く。画面に幽の姿はなく、見るのではなく文字通りテレビを眺めていた。
が、急に臨也のやつが立ち上がる。何をするのかと思えば、俺の目の前に来てキスをしてきた。よくもまぁ厭きないものだと感心して、口付けをほどこす奴の顔を見ていた。
臨也は睨むように瞳をあけたままで、舌打ちをするように唇を離した。
「シズちゃんさぁ、なんかおかしくない?」
「…手前もそれか」
いい加減聞き飽きた言葉にうんざりする。話すというには不自然に近い距離のまま、臨也は鋭い眼光を飛ばした。
「おかしいでしょ。俺にこんなことされて何とも思わないの?」
「手前こそ、なんでこんなことするんだ?」
俺としては至極当たり前のことを訊いたつもりだったのだが、それはどうやら臨也の気に障ったらしい。
ぐい、と背後のベッドに持ち上げられ、押さえつけられる。圧し掛かってきた臨也に四肢の動きを封じられるが、暴れる気なんて全くないのにこんなことをする奴が不思議でたまらなかった。
「“なんで”、だって?」
静かな声で臨也が繰り返す。見上げた奴の瞳は憎悪と嫌悪と嫉妬と羨望が入り混じった複雑な色をしていた。こいつはこんなにも感情が透けて見える奴だったかと、今更自問する。
「わかるでしょ?俺は人間にキスなんてしない。人間は愛しているけど、世界中の人間にキスして回るほど狂ってない。普通の人間だからね。つまりそれは愛であって愛でない。愛しているけど愛していない。俺は人間という大きなひとかたまりを愛している。だからそれがひとつの個に向かうことなんてないんだよ」
目の前でべらべらと捲くし立てられ、既に頭の中は容量オーバーだ。考えることを放棄して、臨也をただ見上げた。
「じゃあなんで君にキスするのかって?簡単だ。君が人間じゃないからさ。人間じゃないから俺が君にキスしても何ら問題はない。俺のアイデンティティが壊れることもない。世界は平等に回り続けている」
臨也は笑った。自嘲染みたそれに、久しぶりにこいつの笑顔を見た気がする。
「おかしいでしょ。自分でも反吐が出そうだ。君への感情を認めたくなくて必死に考えた言い訳がこれだよ。ねぇ、お喋りが嫌いなシズちゃんには行動で示してあげようと思ってたんだけど、伝わってないみたいだね。だから言ってあげる」
そう言って臨也は、耳元にぐっと唇を寄せた。囁くというよりは、搾り出すような、切なさを含んだ声が聞こえた。
「好きだよ」
あぁそういうことかと、頭の隅でぼんやり思った。
目の前の臨也は泣き出しそうな顔をしていた。何故そんな顔をするのか、俺にはわからない。
「ねぇ、なんで何も言わないの?なんで何もしないの?おかしいよ、シズちゃん」
言うや否や強引に口付けてきた。唇を割り舌が滑り込む。
今までとは異なる荒っぽいそれでも、俺の体は指ひとつ動かなかった。
やがて業を煮やしたかのように臨也の指先がスラックスのジッパーに伸びてきた。
嫌だったわけでも、もちろん良かったわけでもない。ただ純粋に、そんなことをして何の得になるのか疑問に思って、おい、と声を出した。
「黙って」
有無を言わさず唇を塞がれる。下着の中に冷えた指先が滑り込んできた。前に触れたときは温かいと思ったそれでいくら触れられようとも、俺は何も思わなかったし、感じることもなかった。
感触はあるものの感情がわいてこない。現にそれは萎えたままで、臨也の顔が強張っていくのがわかる。
「臨也」
「なに?」
苛々した様子で返される。焦っているのかもしれない奴は、こちらを見もせずに答えた。
「…もういいだろ」
ピタリと、臨也の動きが止まる。のろのろと視線を上げて、俺を認めると壊れたように一、二度笑い出す。
「もういいだって?傑作だ!俺のことわかる?自分が何されてるかわかってる?ねぇ、シズちゃん。何か言ってよ。俺を殴ってもいい。俺が無条件で殴られるなんて大サービスだよ。二度とないね。さぁ!俺を殴れるんだよ!好きにしていいんだよ!何でもしていいから、シズちゃん、だから」
言っているうちに自分でも何を言っているのかわからなくなったらしい。俺は混乱した折原臨也というものを、初めて見た。
「戻ってよ、シズちゃん。あの頃みたいに。池袋最強なんて言われてた君に。頼むよ…お願いだから…」
胸元に顔を埋める。臨也の拳が力なくシーツに落ちた。折原臨也は悲しんでいる。それは、俺にもわかった。
なのに、何も感じない。
臨也の頭越しに、現実感のない天井を見上げた。