植物系男子
その2
それから俺はありとあらゆる情報を集めた。俺が平和島静雄に関して知らないことがあるなど情報屋としての名折れであり、酷い侮辱でもあった。
他のことなどどうでもよかった。今は趣味の人間観察すら放棄している。没頭する俺を波江は呆れたように見ていたが、それすらどうでもいい。
集めた情報を検証すると、特に彼に何か起きたわけではないらしい。ただほんの少しずつ、彼による破壊活動が減少している。元々暴力が嫌いなシズちゃんだから、自分から力を振るうことはない。俺か、取立て先の客に喧嘩を吹っかけられない限りは大人しいのだ。
ますますもって気味が悪い。何か切欠があるはずなのにそれがわからない。パソコンを眺めていた俺は画面を消した。使えない道具だ。普段は人間の生態を伝えてくれる文明の利器も、ただの箱にしか見えなくなった。くだらない、と自分でも驚くほど冷めていた。
コートを掴んで部屋を出る。波江に後を頼み、咎める声を無視して俺は新宿の街を出た。
「は?」
あからさまに迷惑そうな顔をされて、俺は逆ににっこりと微笑んでやった。わざわざ俺から出向いてやったことに感謝してほしい。
「久しぶり、シーズちゃん」
俺はドアを押しのける彼の横を通り過ぎると、土足のまま部屋に上がる。玄関の隣にトイレ、右手にはシャワールーム、奥にはキッチンとそれに繋がるリビングが広がっている。リビングには灰皿が置かれた低めのローテーブルと、その前にテレビが一台。横にはベッドがあり、枕元に目覚まし時計。あとは細々した物が散らばっているだけで、男の一人暮らしにしても殺風景な景色に反吐が出そうだ。
「うわぁ、何もない。つまらない部屋」
「手前、何しに来たんだよ」
カーテンを引いて夜の池袋の街明りを確かめると、入り口で腕を組みながら睨んでくる彼に俺はわざとらしく部屋の真ん中で回ってやった。
「さぁ?何しに来たと思う?」
こうやって普通に会話していることでさえ考えられない。気持ちとは裏腹に、俺は最上級の笑みをつくった。
先ず平和島静雄が俺を(まぁ多少咎めはしたが)易々と部屋に入れることが信じられない。普段ならここでテーブルのひとつやふたつ、場合によってはこの部屋全体を破壊しかねない男がどう動くか。
俺は貼り付けた笑顔の仮面の下で冷静に観察していた。
しばらく考えていたらしい彼は、やがて頭をがしがしと掻きどうでもいいと呟いた。
ほんとうにらしくない。何かがおかしくなっている。俺の知らない間に。
キリ、と胸が痛んだ。いつもそうだ。彼だけは思い通りにいってくれない。何もかも。
静雄は俺に一瞥をくれもせずにさっさとキッチンに消えた。俺のことは放置することに決めたらしい。
後ろから覗き込めば冷蔵庫を開ける彼の姿があった。
「何してんの」
「メシつくんだよ」
「じゃあ俺の分も」
これには流石に驚いたらしい。久しぶりに己の言動で変わった表情に笑みがこぼれた。
「シズちゃん」
静かに呼びかけた。
これは最終手段である。平和島静雄が変わった理由。どれだけ探ろうともわからなかったそれを、自ら暴きに来た。
「俺はね、ここに住みに来たんだ」
ぽかんとした顔に、笑い声を上げて言い放った。