植物系男子
その3
テーブルに肘を付きながら、くだらないなぁと部屋を眺める。
追い出されるかと思っていたのに、意外にも勝手にしろの一言で片付けられた。本当に彼は変わったと思う。
部屋の中で特に目に付くものはなかった。ここまでやる自分の行動に嫌悪感すら感じる。紅茶を口に含んで一息ついた。
ちなみにこれはさっきコンビニで買って来たものだ。言われた通り勝手にお湯をわかして、勝手にコップを使ってくつろいでいる。部屋の主は現在シャワーらしい。
近いうちにここに自分のパソコンを持ってこよう。椅子も欲しい。くるくる回るやつがいい。ネット環境も整えよう。どうせシズちゃんのことだからろくに使ってないのだろう。
紅茶も冷めてきたころ、ガチャリと部屋のドアが開く。頭からタオルを被ったまま、俺を認めるなり眉を寄せた。
「まだ居んのか」
「勝手にしろって言ったのはシズちゃんだし」
彼はもう会話する気はないとでも言いたげに乱暴に頭を拭くと、テレビのスイッチを押した。静かだった部屋が途端に騒がしくなる。
当の静雄は折角つけた画面には目もくれず、冷蔵庫から牛乳を片手に戻ってきた。
「手前、コップ返せ」
「あぁ何、使うの?」
残念、まだ飲みきってない。
そう告げれば、舌打ちされたあと彼は引き返す。どうやらパックから直接飲むようだ。
(風呂上りに牛乳、ねぇ…)
こうしているとどうでもいい情報ばかりが入ってくる。たぶんテレビを付けたのも彼の習慣だろう。見る気なんかないくせに、幽平くんが出てるかもしれないから。
まったくもって分かりやす過ぎる。彼の行動はこんなにも明快なのに、どうして怒りだけが消えてしまったのか。
戻ってきた静雄は肩にタオルをかけたままどさりとベッドに横になった。ごろりと背を向ける彼に向かって声をかける。
「もう寝るの?いくらなんでも早過ぎでしょ」
「うるせー、ねみーんだよ」
ほんの少し不明瞭な声が返ってくる。時計を見れば10時を回ったところだった。
「髪濡れたままだけど」
「アー?」
「っていうか、俺の場所は?」
「知るか…床で寝ろ」
話すうちにどんどんトーンが下がっていく。本気で眠いらしい。
しばらくすれば彼の肩が大きく上下する。試しにテレビを消してみれば、微かな寝息が聞こえてきた。
(ほんとに寝たし)
とっくに冷えてしまった紅茶を飲む気にもなれず、ぼんやりと向けられた背中を眺める。襟足が濡れていくつか束になっていた。ピンとシャツが張るそこは特別に筋肉がついているわけでもないのに、あの馬鹿力は一体どこから湧いて出でるのかなんて新羅みたいなことを考える。
立ち上がって、ベッドに乗り上がった。男ふたりという設計以上の重さに、ギシリとスプリングが悲鳴を上げた。
とん、と静雄の背中を押せば、思ったより簡単にころりと彼は寝転がる。うつ伏せになっても、すうすうと寝息を立てている。
(うっわ、爆睡…)
天敵がいるのによくもまぁこれだけ寝れるものだ。
いろいろ考えるのにも馬鹿らしくなって、俺は静雄の隣に身体を沈めた。シーツが少しヒヤリとするのは、彼の髪から滴り落ちた水のせいだろうか。
不快感に眉を寄せながら見慣れない天井を見上げる。
奇妙な感覚に未だに現実感が伴わない。夢でも見ているのではないかと虚ろになる。
鼻先を掠めるのは、彼が使うシャンプーの匂いだろうか。くせぇくせぇと言う彼の言葉が、今なら俺にも言える気がした。