植物系男子
その4
あれから彼の部屋にパソコンとパソコンデスクと椅子、それから仕事で使うもろもろ一式を全て持ち込んだものの、帰宅したシズちゃんに何だこれ?と言われた他は特に咎められなかった。ただそのせいで部屋のスペースが半分になったのには顔を顰めていたけれど。
シズちゃんは終始そんな感じだった。俺が何をやっても咎めない。シズちゃんの生活に支障が出るようなことすると文句をつけられるが、それ以外は何も言ってこなかった。
そのままずるずると奇妙な共同生活は続いている。少し前の自分たちからしたら考えられない状況だ。今でもたまに酷い違和感を覚えることがある。
俺の頼みはだいたいが却下されていたが、食事だけは何故か作ってくれと言えばちゃんとふたりぶん作ってくれた。
料理は人を表すが、シズちゃんのそれはハンバーグやオムライスなど、レパートリーもさることながら、味付けも盛り付けもどこか拙い。日の丸の旗でも乗っければ完璧なお子様ランチになるだろう。パスタはナポリタンだけだし、まぁたまに味噌汁や青椒肉絲も作っていたけど、基本的に子供のようだった。
不味くないだけ良しとする。俺も気が向いたり小腹が空いたときには勝手に何か作っていたし、基本俺の物に干渉しないシズちゃんでも、プリンを買ってくれば毎日1個ずつ冷蔵庫から消えていくのが可笑しくて仕方なかった。
果たして今日は何を作るのだろうか。材料からしてカレーのような気がする。
機嫌よく提示版を眺めていた俺は、ふと書き込みを見つけて手を止めた。
内容はいたって簡素。最近平和島静雄が暴れているのを見かけない、というものだ。
レスにはそれに賛同する意見が多い。あまりに見ないものだから、中にはあの馬鹿力がなくなったんじゃないかと書いてる奴もいた。
へぇ、と俺は静かに笑った。椅子を回して立ち上がると、キッチンに立つ男へと声をかける。
「シズちゃん、最近暴れてないんだって?」
「ノミ虫が余計な真似しないからな」
目線を合わせずに返ってきた答えに、ははは、と声を上げる。確かに最近は池袋には手を出していない。そして仕事先でも手を出していないとなると、以前にも増して静雄の怒りが治まっているのだろう。
「あんまり大人しいと、そろそろ面倒な奴らに絡まれるかもね」
「アーうぜぇ」
「ねぇ、まさか馬鹿力なくなってたりしないよね?」
俺はテーブルにあったリンゴを手に取ると、彼へと投げつけた。ジャガイモを切っていたはずの彼は、反射的に左手でそれを受け止める。
「それ、潰してみせてよ」
静雄はしばらく黙り、手の中のリンゴを見てからもったいねぇと呟いた。
「食い物で遊ぶな」
「えー」
不満げな声を上げれば、リンゴを置いた彼が手招きをする。何事かと近付けば、手招きしていたはずの指で額を弾かれた。
「っ、!」
思わぬ衝撃に顔を顰める。なんてことはない。ただのデコピンで、彼にとっては軽くやったものだろう。だが油断していたのも相俟って、頭蓋骨に響いたそれは割れるかと思うほど尋常じゃない痛みを訴えてきていた。普通の人間のそれなら俺は避けているだろうし、その前にデコピンというにはあまりに痛い。
睨みつければ、彼はニィと性質の悪い笑みを浮かべていた。
「ばーか」
そのままとんとんと料理を開始する。してやられた。
舌打ちをして、明日には誰か唆してやろうと決意した。