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植物系男子

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その5




料理に慣れると嫌でも気付くことがある。いやその情報自体は随分前から知っていたのだけれど、体感するとより現実味を帯びて頭にインプットされる。
つまるところ、平和島静雄は大の甘党なのだ。
俺は彼が風呂から上がるのを見越してホットミルクを作り、チョコを溶かしてわざと部屋中に甘い匂いを充満させておいた。
予想通り鼻が利く彼は目ざとく俺のカップを見つけ、近付いてくる。

「何飲んでんだ?」
「ショコラ・ショー」
「何だそれ」
「まぁ、要するにホットチョコレートだよ」

飲む?とこれ見よがしにカップを持ち上げて見せれば、直ぐに頷いて奪われた。
ごくりを喉を鳴らして飲み干した彼は、瞠目したように一言、うまいと呟いた。

「牛乳好きで甘党なシズちゃんには一石二鳥だよね」

そんな俺の言葉を聞いているのかどうか、静雄は酒を煽るようにカップを逆さにすると、ほっと息をついた。
空になったその取っ手に指を掛けて、プラリと目の前で揺らす。

「おかわり」
「ちょっと、何で飲み干された俺が作んなきゃいけないの」
「じゃいらねぇ」

ことん、とテーブルに置いて、彼はいつものようにタオルで頭を拭きながら立ち去る。
目の前でどろりと白い陶器の底に溜まるそれに、俺は小さく溜息をついた。

「作ってあげるよ」
「あ?」

横目で見れば彼が振り返る。甘いなと自分でも思う。

「飲みたいんでしょ?」

言いながら立ち上がり、彼が手にしていた牛乳パックを奪い取った。
俺を見ていた静雄は、ベールのようなタオルを被ったまま、おう、とだけ返事をした。
鍋に白い液体をぶち込んで、温めながらちらりと後ろへ視線を飛ばした。彼はいつものようにテレビを見ているものの、大人しくテーブルに腰掛けていた。
その姿がまるで餌を待つ犬のようでほんの少し笑みが零れる。
楽しい。理解不可能で喧嘩人形で、全く思い通りに動かなかった平和島静雄が、ただのショコラ・ショーひとつで自分の言葉に従うなんて。
パキパキとチョコを割りいれる。途端に鍋の中は褐色になり、辺りに甘い匂いが漂った。
以前の自分なら、彼がこんな飲み物で動くなんて思いも寄らなかっただろう。そして彼の方もそんなもののために俺に従う気なんて毛頭なかったはずだ。
不思議なものだと思案する。静雄が怒りを消しただけで、こうも不安定な関係になってしまった。
俺は彼をどうしたいのだろう。昔はあんなに鮮明だったそれが、今ではまったく見えなくなっていた。
火を止めて、コンロから離れる。テレビを見る彼に声をかけた。

「シズちゃん、カップ」
「ん」

こっちを見ずに白いそれを持ち上げる。珍しくテレビに集中していると思ったら、何のことはない。画面の向こうには羽島幽平の姿があった。
俺は渡されたそれを受け取ると、鍋から流し込む。スプーンで軽くかき混ぜて、湯気の立つそれを彼の前に置いてやった。

「はい」
「サンキュ」

シズちゃんからお礼なんて、本当なら鳥肌ものだ。なのに俺は今、酷く惨めな気分だった。
静雄は目の前のそれに手をつけようとはせず、テレビを眺めていた。以前気になるのなら幽くんが出る番組を録画すればいいと言ってみたが、そこは恥ずかしいらしい。誰よりも応援しているくせに、あまり表に出したがらないのだ。

「シズちゃん、冷めるとおいしくないよ」
「あぁ」

そう言って指を取っ手にかけるものの、そこから手は動かなかった。軽く引っ掛けられた指先が、じれったい。
いっそテレビを消してしまおうか。そうすれば彼は俺を見るだろう。ひょっとしたら久しぶりに怒気の篭った目で睨まれるかもしれない、なんて考えたところで、俺はとんでもないことに気が付いた。
青天の霹靂のような閃き。唐突に理解したそれ。あまりな事実に、軽く眩暈すらした。
認めたくない自分の心。先ほどまで考えていた、俺が彼に望むもの。

(シズちゃんの一番が欲しい、なんて)

子供染みた欲求だ。だが意識すればするほどそれは収まらなくなっていた。
平和島静雄は、何よりも自分を優先しなければならない。
それは俺の中の暗黙のルールで、俺と彼が生きている限り壊れることのない掟だった。
それをシズちゃんは破ったのだ。だから俺はこんなにも焦っている。どうにか元に戻そうと躍起になっている。
そうでなくては俺の世界は成り立たない。
は、と掠れた笑い声が出た。一度響いたそれは止まらなくて、はははと肩を震わせる。
急に笑い出した俺にぎょっとしたらしい静ちゃんが、振り返った。

「どうしたんだ?」
「シズちゃん、飲まないなら俺がもらうよ」

そう言ってカップの淵に手をかけ、甘ったるいそれを奪い取る。一口含めば、歯を溶かしそうな甘さが口中に広がった。
途端に、返せとカップを奪われる。しぶしぶと言った体でショコラ・ショーを啜る彼が可笑しくて、たまらなく可愛くて。
恋をする人間とはこんな気分なんだろうか。いや、これは恋と呼べるのかすらわからないけど。

「おいしい?」
「甘い」

質問に答えず、ただぶっきらぼうに自分の感想を言い返す彼に、俺は心の底からの笑みをつくった。


作品名:植物系男子 作家名:ハゼロ