みんなといっしょ!
乱太郎の本気
それが乱太郎にとっての初めての本気。大切な者が傷ついたとき、自分の中で何かが弾けた気がした。 それは、四年生の時にあった四年生以上で行われた対抗の札取り。 ルールは簡単で、自分の外の者から札を守る事と奪うこと。手段はある程度の事であれば何をしてもよいということだった。 チームを組んでもよし、単独で攻めてよし。そんなルールの中で行われた。
「んー、どうしようかな」
乱太郎は身を潜めるというよりは、自然に一体化している状態で身を隠していた。
「負けてもいいんだけど、それも面白くはないんだよね」
乱太郎にとって実習でやる勝ち負けなどはあまり意味がない。ただ、簡単に札を渡す事も面白くない。
「とりあえず、皆何故か私の所に一番にこようとするのはなんなのかなあ」
不思議そうにする乱太郎。それは、こんな実習があると皆何故か自分に突進してきた。理由は簡単で自分以外の奴に乱太郎を取られてたまるかという事だ。乱太郎自身は知る事はないが学園内の人気では不動の位置にいる。
「今回は個別だし余計に来るのかな」
そういいながら、乱太郎は周りを見ながら動く。まだ誰にも見つかってはいないようだ。
「そうだ!あそこいこ」
乱太郎は思いついた所へ足を向けた。
乱太郎が向かった先は札取りで指定された範囲が一同に見渡せる大きな樫の木。
「皆、頑張ってるなあ」
見るかぎり、組ごとにチームを組んでいるようだ。い組とろ組は四人で組んで戦っている。あれはあれで強いだろう。五・六年生も各組で組んでいる。は組は絡繰りコンビ、そして、用具委員会コンビ、伊助と虎若、団蔵と金吾、きり丸と庄左ヱ門という二人組で動いているようだ。
「庄ちゃんときりちゃんの二人?珍しいな」
あまり組むことがない二人。それだけ、本気だという事だろうか。
「まあ、ここにいれば状況がわかるし。少し見とこうかな」
乱太郎は下で争う仲間を少し見る事にした。
「庄!」
「何?」
「今の状況は?」
「んー、い組とろ組が戦ってて、絡繰りコンビは三年ろ組と交戦中。伊助と虎若は他の三年と。団蔵と金吾と用具の二人は二年生達とやってる」
「乱太郎は?」
「それがわからないんだよね。何処に身をかくしちゃったんだか」
「あいつ、隠れる事に関しては天才的なんだよ」
気配を消す事に関しては今の乱太郎に適うものはいない。
「なんでそこまで上手くなったんだ?」
「…オレ達や先輩達の所為だとよ」
追い掛けてくるものから姿を隠すには気配を消せばいい。さすがに追い掛けられるのは疲れたらしい。
「我先にって、皆が乱太郎の所いくからか」
「おかげで見つけるのが一苦労さ」
きり丸の言葉に庄左ヱ門は考える。今、ここにいないのならば様子を伺っているのだろう。乱太郎は上級生になってからも、成績はあまり良くはない。薬などは詳しくなってはいるが、体術やなどは下から数えた方が早かった。
「きり丸、乱太郎を探すぞ。多分、全体を見回せる場所にいるはずだ」
「何?庄左ヱ門お得意の考え?」
「一人でいるのならば、その可能性は高い」
「了解!我らが策師の言葉に従うぜ」
二人はその場から消えた。
こちらは乱太郎。
「あ、庄ちゃんときりちゃんがこっちにくる」
自分が一人で見ている事に気が付いたのだろう。
「このまま、見つからないのも面白いんだけどな」
そこに声がかかる。
「乱太郎」
「あれ、土井先生。今回の審判ですか?」
「そうだ。お前、なんでそう動こうとしないんだ」
土井の呆れ顔に乱太郎は。
「だって、仲間に傷つけるぐらいなら何もしない方がいいなあと」
「それじゃあ、実習の意味がなかろうが」
「いいじゃないですか。どう言ってもちゃんとクリアはしてるんだし」
「お前はいつもギリギリにしてクリアしてるよな」
土井の言葉に乱太郎はにこりと笑う。
「ええ、これからもそうするつもりですよ」
土井も本気になった乱太郎の実力は知らない。ただ、知っている事はは組で本来であれば一番の実力者。それだけは確かなのだ。
「まったく、いつの間にか育ってくれたものだな」
「人より実習も補習も多かったですしね。上級生の皆さんがこぞって色々な事を教えてくれました」
乱太郎は既に卒業している者達から可愛がられていたため、身を守る事や、知識を詰め込んだ。それには利吉も含まれている。総合した結果、今の学年ではトップの力を持つことになった。ただ、乱太郎がその事を隠しているため、今の上級生や同級生にはそれを知られてはいない。
「まあいい。札を取られなければギリギリセーフだ。逃げきるなら逃げ切れよ」
「はい!」
土井が姿を消すと、乱太郎もそこから動き出した。
「乱太郎!」
「あらら、見つかっちゃった」
「偶然だけどね」
乱太郎を見つけたのはやはり庄左ヱ門ときり丸。
「お前、札取りだっていうのに何を傍観してんだよ!」
きり丸がそういって、乱太郎に武器で攻撃する。それをするりとかわしながら乱太郎は庄左ヱ門の蹴りも寸での所で止めていた。
「やるね」
「庄ちゃん、怖いって」
「だって、乱太郎の札を他人に取られたくないし」
「オレも庄と同じ意見な」 他人に奪われるくらいなら、自分が。それがそれぞれの暗黙の了解だ。
「まったく、よくわからない」
首を傾げつつ、乱太郎は二人の攻撃をかわし続ける。
そうやって、交戦中に違う空気が流れた。気が付いたのは乱太郎。二人はまだ気が付かない。乱太郎は、二人に気が付かれないように手元の符を空に飛ばす。それは蝶に変わった。
『学園以外の人の気配がする。それも多数』
乱太郎は二人の攻撃を一旦止めさせるために鋼糸を出した。そして、舞うようにそれを操り出した。
「乱太郎、何を」
きり丸の言葉に乱太郎がにこりと笑う。
「庄ちゃん、きりちゃん」 その言葉に二人は動きを止める。
「一旦、攻撃中止ね!」
そう言って両手を胸の前でクロスさせた。それと同時に二人は腕を持ち上げられる。
「おいおい」
「何をしたのかな」
「ん?動きを止めただけだよ。ちょっと気になる事出来ちゃってね」
乱太郎は戻ってきた蝶を指に止まらせる。
「これは…」
蝶は符に戻る。それに驚いたのは庄左ヱ門ときり丸。
「乱太郎、お前なんでそんなことできるんだよ」
「僕たちは知らないよ?」
「んー、その話は後で!」
乱太郎が少しだけ怒っているように感じる。
「二人とも、お願いがあるをだけど」
拘束していた見えない糸がとかれる。
「下の皆に実習一旦中止って伝えてくれる?」
「え?」
「どうしてだい?」
「ここ狙われてる。土井先生!」
「ああ」
そこに現れたのは審判である土井。
「そんな訳で、一緒に来て下さいね」
「…まったく、お前は底が見えないな」
状況が現在わかっているのは乱太郎だけのようだ。
「庄左ヱ門、きり丸。お前達は乱太郎のいう通り下にいる者たちへの伝令を頼む」
「乱太郎は?」
きり丸の言葉に乱太郎は笑って答えた。
「土井先生と一緒に行くよ。とりあえず、応戦しとかないとねぇ」
そういって、何処に持っていたのか少し大きめの鉄扇を手にもつ。
「な!危ないって」
「大丈夫!二人とも伝令よろしくね」