こらぼでほすと アッシー15
悟空は何気なくそう言って笑っている。え? と、ロックオンが振り向いた。それは、あんまりだろうと思ったのだ。自分は被害に遭ったから、そんなに単純には割り切れない。
「だって、人間なんて、どうやって死ぬかなんてわかんないじゃん。いきなり、ひっくり返って頭打って死ぬ人もいるぜ? 死に方は選べないだろ? そりゃ、残されるほうはびっくりだし悲しいけどさ。でも、びっくりするのがイヤだから死なないでって言ったって死ぬ時は死ぬんだ。・・・・ママが生きてるのも、そうだろ? ママは死んだつもりだったけど、生きてるじゃん。」
「それは、おまえらが助けてくれたからだ。」
「だから、そこなんだ。ママには命数が、まだまだあって助けてもらえたんだ。あそこで死んだ人は、それがなかった。たぶん、あの騒ぎの中でも、生き残ってる人はいるはずだ。そういう人は、命数があるんだ。」
「じゃあ、悟空。俺の家族には、それはなかったってことかっっ? 」
「うん、なかったんだ。だって、同じ場所にいたはずのママは、生きてるだろ?」
生死の境を分けたのは、ほんの何十メートルかのことだった。たまたま、妹が外で配っている風船が欲しいと言ったから、ロックオンが貰いに行った。その差で、ロックオンだけが生き残った。そう言われてしまうと、納得は出来るのだが、気持ちは拒否の方向だ。あそこで自爆テロがなければ、そうはならなかった。それが根本の原因だ。
「テロさえなけりゃ・・・そうならない。だから、テロのない世界が必要なんだ。」
「それもわかってるよ。でも、死んだ人は生き返らないだろ? ママが悲しいのはわかるけど、あのテロで死んだ人にまで同情しなくていいんじゃねぇーかな、って俺は思うんだ。ものすごく酷い考え方をするとさ。ユニオンで暮らしているユニオンの人は、アローズを作っている人たちだ。ユニオンの国民である限り、そのリスクは国民全員が負うものだ。抗議のために爆破テロをやられるってことは、反対している人がいるわけでさ。その反対している人たちは、もっとえげつないことをアローズにやられてるかもしんない。それって、どっちもどっちだろ?」
悟空が言うのは、ある意味、正論だ。冷静に見れば、そういうことになる。ロックオンが過去に遭ったテロというのも、そういう意味のものだ。俯瞰して考えれば、そういうことだが、実際、戦う術のない人間を巻き込むのは許せない。抗議したければ、直接、アローズの施設を爆破すべきだと思う。
「ごめん、悟空の言うことはわかるが、俺は、それで納得はできねぇーよ。やっぱり、民間人を巻き込むテロは許せない。」
「うん、俺は俺の考えってだけ。ママとは違う。でも、ママ、そのテロのない世界を作るにも人は殺すんだろ? 」
「そうだよ。」
今がちょうど過渡期だ。変革された世界が、どのような形に落ち着くのかは、これからの数年で決定される。その間に起こることは、テロであれ、武力介入であれ、それによって統一されていく布石ではあるのだ。今のテロ騒ぎは、そのひとつに過ぎないし、この犠牲によって平和になるというのなら切り捨てられるものではある。自分たちだって、どこかで民間人を巻き込んでいるだろうから、同じことを引き起こしていたはずだ。
「なら、そんなに考えないほうがいいんじゃない? 」
「そうだよな。俺だって、相当、殺しはやってるんだもんな。」
「それだって、世界を平和にしたかったからだろ? 俺、そんな大それたこと考えて殺したことはないな。ヤルかヤラレるかの瀬戸際だったかんな。」
「はい? 」
「ママみたいな理念とかじゃなくて、目の前に敵があるから戦ってた。強くなりたいって、心底、思ったよ。三蔵たちを守りたいってさ。ただ、それだけだったから。」
「悟空? 」
「キラとは比べもんにならないけどな。俺も殺したことはあるよ。」
前に進むために、それを阻止しようとするものは倒してきた。最後まで辿りついたから、ここでのほほんと暮らしている。命じられた目的ではあったが、自分たちが生きるために殺した。だから、キラたちの殺しより、自己中心的だと、悟空は思う。『吉祥富貴』は、そういう意味でも共通したものがある。誰も彼も、必ず、生死のかかった戦いをして、何かを殺しているというところだ。だから、こういう事態でも、誰も慌てない。
「だからさ、ママ。あんまり深刻に考えないで。あの、俺はバカだから、うまく言えねぇーけどさ。ママが、そういうので寝込むのはイヤなんだ。忘れられないのはわかるけど、それと、今のと一緒にしなくてもいいだろ? 」
悟空は、悟空なりに、今のテロについて関心は寄せるなと言いたいらしい。それで、具合が悪くなるのが心配だとも言っている。そう聞くと、ロックオンのほうも、ふっと気が抜けた。
自分にとっては、これから起こっていく出来事を静観するのが、変革を引き起こしたことに対する罰だ。
・・・・きっつい罰だなあ。これは。・・・・・
はあ、と、大きく息を吐き出して、ロックオンも苦笑する。こんなことが、これから引き続き起こるのだ。そして、自分は、その度に、それをじっと見ていなければならない。
「でも、ママは同情しすぎだ。ここは流しとかないとさ。」
「それはなあ。やっぱり、自分の時と重ねちまうからさ。」
「それで、グダグダになったら、俺らが心配だぜ? また寝られないってなるだろ? 」
「そうなんだけどさ。」
「テロは悪い。でも、ママには今んとこ関係ないってことにしようよ? 」
「そう簡単に割り切れたらいいんだけどさ・・・・俺は、どうも悩むタイプみたいだ。」
「やっぱ、しばらくニュース禁止だな。うちのテレビは、そういうことにする。それでどう? 」
「そうだな。」
静観するのは、一人ではない。悟空たちが傍に居て、自分を気遣ってくれるのだ。そう思うと、少し気分はマシになった。テロだから、民間人を巻き込んだから、それらは許すべきことではないが、それをどうこうする力は、ロックオンにもない。同じ民間人として、その被害に少し心を痛めるぐらいでいないといけないらしい。マイスターではなくなったというのが、なかなか自覚できないが、そういうことだ。
「俺、民間人だもんな。」
「そうだぜ。巻き込まれる側なんだからな。気をつけないとさ。・・・なあ、散歩しようよ。せっかくいい天気じゃん。」
空を見上げて、悟空が提案する。世界は揺れ動いているが、それはそれ、これはこれだと気分転換を勧める。悟空も失くしたことはある。だが、生きていなさいと言われて、ずっと生きてきた。また再会して、失くしたと思ったものは戻って来た。それも二倍に増えたので、生きてれば、そのうちいいことがあると思えるようになった。随分、長くかかったが、それでも待った甲斐はあったのだ。ロックオンが待つ時間なんて、悟空が待った時間からすれば、僅かのことだ。けど、それは口にしない。寿命が違いすぎるから、比較できないことは悟空も理解している。
「さんぞーー、散歩するから、そろそろ終われ。」
作品名:こらぼでほすと アッシー15 作家名:篠義