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ぐらにる 争奪1

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 それは失礼した、と、玄関にとって返したエーカーを蹴り出すべきだったのだが、鍋が沸騰したので慌てて止めた。その隙に、靴を脱いだエーカーは、すとんと、二人がけのダイニングチェアに腰を下ろしていた。
「では、お相伴に預かろうかな、姫。」
 いや、別に、奢ってもらったから食べさせることはいいのだが、その呼称はやめてほしい。
「・・あんた・・・自己中とか俺様気質とか言われてないか? 」
「いいや。やや強引過ぎるとは、友人に注意されているが、それが? 」
「俺は、『姫』なんて柄じゃねーって。」
 エーカーは、ふむと頷いて、ダイニングテーブルに放り出した花束から、一本のバラを折り、俺の耳の横に挿した。それから、後ろで、ゴムで、ひとつに纏めていた髪にも、いくつか花を差し込む。
「私の目に狂いはなかった。きみは、ピンクのバラが似合うよ、姫。」
・・・・誰でもいいけど、この、俺の話を歪曲して理解する軍人を、どこかへ捨ててきてください・・・・・

 とりあえず食べさせて、追い出そうと真剣に料理に取り組んだのは言うまでもない。





 ロックオンが、東京特区で新システム取得という名目で、地上へ滞在することになった。まあ、それというのも、組織内で、ちょこまかと働いて、碌に休みも取らない貧乏性な25歳を休養させたいという、他のマイスターの総意でもあったからだ。
 ということで、17歳の刹那としては、頼りになる母親役の保護者が、自分の隠れ家に滞在してくれるものと、内心で大喜びしていたら、徒歩五分とはいえ、別の場所にマンスリーマンションを借りた。
「お互い、プライベートってものがあるだろ? 」
 というのが、保護者の意見で、つまり、たまには、大人の遊びを楽しみたいということだろうと理解した。一週間して、ようやく、刹那も東京特区の隠れ家へ戻った。さて、保護者の顔でも拝もうと、メールで送られてきた場所を携帯端末で検索しつつ辿りついて扉を開こうとしたら、怒鳴り声が聞こえて、複数の人間が、部屋に居ることが判った。
 組織の人間で、地上に降りているものはいるが、東京に滞在しているものはいない。ということは、プライベートな相手ということになる。周囲を見渡して、人がいないことを確認してから、扉に耳を寄せた。
「メシは食った。食後のコーヒーも飲んだ。他に何がある? 」
「姫との大人の語らいが、まだだ。」
「はあ? あんた、正気か? 俺は、あんたと付き合うつもりは、さらさらねぇーよ。さっさと帰れ。」
「それでは、明日の予定について。」
「明日は、施設で学習プログラムだ。」
「その後のことだよ? 姫。今日は、突然に手料理を、ご馳走になってしまった。明日は、私が招待させていただくべきだろう。」
「いや、あんたは、俺に、三、四日は奢ってるから、別にいいよ。エーカーさん、いい加減に帰っちゃくれないか? 」
 呆れ果てたというロックオンの声音に、ガタンと立ち上がる音がして、刹那は、ゆっくりと扉から離れる。ここにいるのは、まずいだろう、と、非常階段で外へ出る。すっかりと夜は更けているが、街灯があるから、マンションの入り口が確認できる場所に隠れた。エレベーターで現れた男は、後ろにロックオンを従えていた。
・・・え?・・・
 そのロックオンの姿に、ちょっとびっくりした。後ろで、一纏めにしている髪に、ピンクの花が飾られていて、それは、どういうことなんだ? と、刹那は首を傾げた。口喧嘩していたが、あれは本気ではない。それに、苦笑するロックオンは、男をマンションのエントランスで手を振って見送っているのだから、単なる言い合い程度のことだったらしい。その男が、ロックオンに抱きついて、ちゅっと頬にキスするので、さすがに、刹那も退いた。嫌そうな顔はしているが、渋々、それを受けているロックオンにも、びっくりだ。
 だが、問題は、その男のほうだ。その顔に見覚えがある。一度、クルジスで顔を合わせた。そして、宇宙で死闘も繰り広げた相手だ。自ら、名乗っていたから、名前もわかっている。
・・・なぜ、あの男が? ・・・・
 相手が非常にまずい。専属で、自分たちマイスターを追撃していた部隊の隊長だった男だ。それが、ロックオンの傍にいる。とりあえずは、あの男の住処を確認しておこう、と、その後をつけた。徒歩十五分という近場のホテルへと入っていく。それを確認して、すぐに、マンションに取って返した。




「よおう、久しぶりだな。」
 マンションに合鍵で入ったら、ロックオンは、花の髪飾りは取り払っていた。シャワーを浴びたらしく、ラフな格好で、タオルを首にしている。それより、人目をひいたのは、ダイニングテーブルに飾られている短い丈のピンクの花と、玄関で花瓶に飾られた、同じピンクの花だ。
「メシは? 」
「食べていない。・・・それより、あれは、なんだ? 」
 ピンクの花を指差したら、相手は苦笑して、「ナンパ野郎からプレゼントされたんだ。」 と、教えてくれた。ちよっと座ってろ、と、冷蔵庫から食材を取り出して、何か作ってくれるらしく動き出した。
「ロックオン、あの男、誰だか知っているか? 」
「ああ、見られたか・・・・ありゃユニオンの軍人だ。俺が通っている研究施設で、同じカリキュラムをやってるヤツなんだが、どうかしたのか? 」
 別に、声にも変化はない。普通に、そう答えたところを見ると、知らないらしい。
「あれは、グラハム・エーカーだ。」
「ああ、そういう名前だったな。半端じゃなくしつこいんで、俺も困ってるところだ。・・・だいたい、俺にバラなんか贈る段階で、イカレてる。」
「そうじゃない。あいつは、ユニオンでも、トップファイターで俺たちを専属で追撃していたヤツだ。・・・あんたも一度、やられたことがあっただろ? 」
 ロックオンも、黒のカスタムフラッグに手痛い目に遭わされたことがある。あの時は、間一髪でトリニティーの介入があったから、無事、逃げられたが、そうでなかったら鹵獲されていたかもしれない相手だ。
「え? あのイタイ奴が、か? 刹那。」
「間違いない。」
「・・うーん・・・えらいのに目をつけられたもんだなあ。」
 あはははは・・・と豪快に笑いつつ、野菜を刻んでいるのだが、真剣さが足りない。本当だと、再度、刹那が言い募ったら、「わかってるよ。」 と、とんっとスープが置かれた。オーブンで温められたパンと、それから、サラダ、後は、魚介類を適当に炒めて、レモンをふりかけた皿が出てくる。
「別に、そういう意味で怪しまれていないから、問題はないだろう。・・・とりあえず、食え。食いながらでも話はできる。」
 まあ、空腹ではあったので、刹那も大人しく目の前の料理をぱくつく。それを微笑ましそうに眺めつつ、飾られたピンクの花を手でつついている。
「知らなかったんだな? 」
「知らねぇーよ、そんなことは。・・・まあ、そういうことなら、引き出せる情報は頂くとするか。」
作品名:ぐらにる 争奪1 作家名:篠義