さよなら誕生日
「、っ!」
振って湧いた、空に響くような声が部屋に響いて、俯いていた顔を上げそうになって意地で押し留めた。
いま彼の顔をみたら意味もなく詰ってしまいそうで怖かった。
臨也さんは悪くない。
そんなの分かってる。分かってるのにそれでも彼に文句を言いたいと訴える心がいる。
でもそんなことをしたら、折角きてくれた、やっと来てくれた彼を不機嫌にさせて、彼は帰ってしまうかもしれない。それだけは嫌だ、と、浅ましい願いが頭を掠めて、僕は俯いて自分の爪先を見つめるしかなかった。
「俺のお姫様は不機嫌…だよねえ、やっぱり」
目の端と気配で、彼が僕の叩き飛ばしたカレンダーを拾うのが分かった。
拾って、一瞬、臨也さんが息をのんで動きを止めるのを感じた。
馬鹿だと思うなら思えばいい。
この日がどうしようもなく楽しみで、カレンダーを捲ることが怖くて、彼が僕の誕生日に来てくれないなんて事を本当は信じたくなくて、きっと今日こそはって思ったら捲ることは出来なくて、右端に小さく書かれた言葉を信じたくて縋りたくて、本当は、ほんとうは僕は彼にとってただの駒でしかないのかもしれないなんて、餌を与える価値すら失ってしまったのではないかと、違う、ほんとうはそんなのはただの言い訳で、彼がその日に訪れてくれなかったことが寂しくて寂しくて苦しくて悲しくて泣きたくて、
「っ、馬鹿だと思うなら嘲笑えばいいでしょう…!」
泣くな、泣いたら駄目だ。
泣いたら彼は面倒だと思うだろう。
泣いた僕をこの場では慰めて、そうしてきっと二度と会いには来てはくれないだろう。
「みかどく、」
彼は嫌うだろう、僕がこんなにも、
こんな、こんなにも彼が
「どうせ馬鹿ですよ!どうせ、…どうせっ、貴方の信者の女の子達とおんなじですよ、っ!!」
好きだ、なんて。
ずっと貴方を待っていたなんて。
「もう、もういいです、いいですから、もうかえ、…っ」
「何がいいんだよっ…」
バサ、とカレンダーが床に落ちる音がして、ふわりと彼の香水の香りがして、
「何もよくなんてないだろ…!!」
耳元で彼の声がして、背中に彼の体温を感じて、
「ごめん」
「っ、」
思わず回されている彼の腕に爪を立てた。
「ごめん、」
「…、」
ぎ、と抱き締める彼の腕に力が篭って、呼吸が苦しくなった。
それでも離して欲しいとは思わなくて、臨也さんの声をもっと聞きたいと思って、すぐ横にある彼の顔に擦り寄るように顔を寄せた。
余計に腕の力が強くなったけれど、それでもやっぱり離して欲しいとは思わなかった。
本当は振り返って抱き締めたかったけれど、僕の身体に巻き付く彼の腕の力が強すぎて身動きが出来なくて。
だから彼の腕に力いっぱいしがみついた。
「ごめん、本当はもっと、もっと早く来るつもりだったんだ」
嘘でもいい。
もう、嘘でもいい。この場凌ぎでもいい。
もっと声が聞きたい。もっと抱き締めて欲しい。
「嘘じゃないよ」
僕の心を読んだみたいに囁かれた言葉に体が揺れた。
「嘘じゃない。誕生日に来なかったのは態とだけど、もっと早く来るつもりだったのは、ほんとう」
態との方か、と思って、本当この人は仕方ないなあと思わず苦笑いがこぼれた。
「そこさあ、笑うところじゃないだろ。もっとさ、……なんでもない」
はあ、と溜息を吐かれても困る。
だってどうしようもないことじゃないか。
僕が怒ったって臨也さんだって困るくせに。反応が面白いなあって思って、にやにやするだけのくせに。
そうして行為がエスカレートしていくことは目に見えているし、臨也さんは僕の反応を見たいだけだろうと思うと、何だか仕方ないなあって思えてしまうのだから、僕にはどうしようもない。