ぐらにる 流れ2
震えが止まるまで、黙ってしがみついていた相手は、ただ、抱き締めて背中を擦ってくれた。いつもなら、くだらないことばかり口にするのに、そんな時には無言だと言うのは有難い。言わなくてもいいことだが、相手が二週間後に別れる相手だと思ったら、口が滑った。
「・・・俺・・・・自爆テロの巻き添えで・・・家族を失くしたんだ・・・・だから・・・」
「今夜の話題がまずかったんだな? すまない、酷い目に遭わせてしまった。だが、ここに泊まっていてよかった。」
「・・・そうだな・・・起してくれて助かった。」
「落ち着いたか? 水でも飲むか? 」
いつも不遜な態度なのに、なぜだか、彼は、いろいろと世話を焼こうとする。明かりをつけることもなく台所へ走って行った、と、思ったら、ゴツンと大きな音がして、痛い、と叫んでいる。それから、食器棚を開ける音がして、水道を捻り水音がする。一連の音が終わると、ゆっくりと、戻ってきた。
「飲めるか? そうだ、こういう時は温かいもののほうがいいんだろうな。」
オタオタと動き回ろうとする彼に、気分は次第に落ち着いて、笑ってしまった。いつも、ハロに叩き起こされて、震えが収まるまでハロを抱えて蹲っている。ハロは、AI機能があるから、適当な言葉を発している。それを聞きながら、ゆっくりと収まっていくのを待っているのだ。
「もう、大丈夫だ。・・・・悪かった。」
ごくりと、冷たい水を飲んで、ふうと息を吐き出した。まだ、オタオタとしている彼の肩に手を置く。
「何かできることはあるだろうか? 」
「どうして、そんなに狼狽えているんだ? ・・・・別に、魘されてただけだろ? 」
「姫が、悲しそうに泣いていたからだ。きみが泣くなんて思いもよらなかった。」
「え? 」
「最初は寝返りだけだったんだ。けれど、途中で、はっきりと、『嫌だ』と叫んだ。・・・・それで悪夢なんだろうと起したんだ。きみは泣いていて、何度も、『嫌だ』と『見たくない』を繰り返していたよ。」
自分が魘されている時は、いつも、ハロがいるだけで、その様子を見ている人間なんていない。たぶん、いつも、何かしら叫んでいるんだろう。
「それで哀れだと思ったか? 」
「いや、きみが、いつも笑っている顔の裏側を知った気がした。」
「・・・大袈裟な・・・・」
外は、いつの間にか雨が降っていた。たぶん、夜明け近い時間なのだろう。うっすらと空が明るい。薄暗い闇の中で、ねっとりとした湿気を感じているのが、まるで、温かい血に塗れているように感じられる。
「姫、大丈夫か?」
「こういう時は、弱った俺に付け込めばいいと思うんだがな? エーカー? 」
「それは、定石だろうな。申し訳ないが、そういう弱みに付け込むほど、私は飢えてはいないんだよ。だが、温もりが必要なら提供しよう。」
それは、同じ意味だろう、と、ベッドの端に寄ったら、エーカーはベッドに入ったものの、腕枕するだけで何もしなかった。時折、背中を叩いたり髪を撫でたりするだけで、ただ、じっと目を閉じている。
「一目惚れしたんじゃなかったのか? 」
「今もしているさ。震えるきみを襲おうとは思わないだけだ。・・・・気付いてないんだろう、姫。きみは、まだ微かに震えている。強がらなくてもいい。私の心音を聞いていてごらん。」
言われるままに、エーカーの心臓あたりに耳を置いた。トクトクと規則正しい音がする。それを聞いていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌日、遅刻しそうな時間に起床して、ふたりして慌てて施設へ出向いたものの、珍しくエーカーは、ひとりで帰った。まあ、夜中に魘される俺なんかの相手をするのは面倒になったんだろうと、そろそろ戻っているだろう刹那の部屋へ顔を出した。
二食分ずつ冷凍している煮込み料理は、ふたりで食べるつもりもあったからだ。飲料水以外何も入っていない冷蔵庫部分は、いつものことだ。先にメールで来訪することは告げているから、戻って来るだろうと、刹那の好きそうなものを用意して待った。カリキュラムは、割と楽に組まれているので、俺でも予習していれば、どうにかついていける程度のものだ。テキストと、それに付随する資料を確認していたら、刹那は戻ってきた。
「あんなに冷凍するな。食べきれない。」
最初の挨拶が、これだ。かれこれ二ヶ月ばかり顔を合わせていないというのに、素っ気無いにも程がある。
「慌てて食べなくても半年くらいは保存が利く。戻った時に食べればいいだろ? とりあえず、メシ食うだろ? 」
「ああ。」
冷凍していた二食分を取り出してレンジにかけた。このレンジも俺が持ち込んだものだ。そうしないと、温める手間すら惜しむからだ。タッパーを温める間に、刹那が台所へやってきた。
「ロックオン。」
「ん? もうちょっとだけ待て。」
「そうじゃない。苛めは大丈夫なのか? あんた、この間、酷い顔色だったぞ。」
「なんだ? 珍しい。おまえさんが、俺の心配をするとは前代未聞の珍事件だぞ。」
「誤魔化すな。」
あの時は、付き纏われていた煩わしさで、正直、いらいらして参っていた。つい、愚痴を刹那に零したから心配したらしい。
「悪い。もう大丈夫だ。・・・・ありがとな、刹那。」
「なら、いい。」
スタスタと部屋のほうへ戻ってしまう刹那に、「これ、運んでくれ。」 と、声をかける。この部屋には、食器もほとんどないし、それらを運ぶプレートなんてものもない。ひとつずつ、運ぶしか方法はないので、刹那の手も借りる。
「なあ、幸せな人生って、どんななんだろうな? 」
「そういうことは、ティエリア・アーデと議論しろ。俺は、そういうことは考えない。」
ちょっと考えていたことを尋ねたら、やっぱり素っ気無く返された。確かに質問する相手を間違えたとは思った。刹那には、幸せなんて概念はない。自分が正しいと思うことに、がむしゃらに向かっていくだけのパワーがある。たぶん、幸せな家庭とか幸せな恋愛とかいうものを考える暇もないのだろう。その直向さが羨ましくもあり、強いな、とも感心する。思い込むことはできても、完全に抑え込むことは難しい。マイスターになることで、世界から嫌われる。それを飲み込んで、絶対的な抑止力であろうと望んでいるが、それだけに集中することが難しい。刹那は、それに集中しているから、強いのだ。どんな言葉にも揺れることはない。若さ故の無鉄砲な強さとは違う。あくまで、自分はガンダム=絶対的な戦争に対する抑止力であることを自覚して戦っている。迷わない刹那が、つくづくと羨ましい。
「ロックオン、やっぱり苛められているんだろ? あんた、言動がおかしい。」
ぼんやりと、刹那の食べているところを眺めていたら、じろりと睨まれた。無口だが無関心ではないので、刹那は俺の顔色を読むことができる。
「ちょっと参ってるかな。・・・・真面目にお勉強なんて十年ぶりぐらいだからな。俺には、あの普通の世界っていうのは苦痛だと理解したよ。」
「・・・・ティエリアに言って、組織で学習するように、プランを修正してもらえ。」
「ああ、そうだな。それもいいかもしれないな。」