風の想い
「懐かしい手触りだな。」指先に絡ませくるくる巻いてる。何やってんだ?
「遊ぶんなら外出てくれる?かーさんが起きる。」軽く頬をつねって
「後で。」と出て行った。そんなにボケた顔してたかな…。
◆◇◆
紅葉と夕暮れで窓から見える世界が赤い。4年か。そんなに持つわけがなかったんだから母がどれだけ一生懸命だったか…おれが考える以上だろうな。暗くなってゆく部屋の中で機械の明かりだけ。機械の音と数値がなければ生きているとは思えないほど反応がない。
後ろで動く気配がして目をやるとむくっと起きたかと思うと暫くボーつとしてる。
「明かりを…。」
「ああ。はい。」明かりをつけると
「唇が乾いているわね。」と綿に水を含んで唇を湿らせる。う〜ん。
ボーつと観てるとてきぱき暖かいタオルを用意してベッドを起こして体を拭き
「気持ちよくなったわね。」と額をつけ微笑んでベッドを戻す。すっと離れてこちらに来ると
「手伝いに来たんじゃなかったの?」
「何かあるかな?」呆れた様に溜息ついて胸を押される。
「座って。食事貰ってくるわ。」
「何か作ろうか?」
「食べられるもの作れるの?」
「まだお腹壊したこと無いよ。」
「今日は良いわよ。」と部屋を出て行く。
タオルを洗ってお湯を沸かしてるとワゴンで持ってくる。
「すみません。わざわざ。」
「いえ。」にこやかに押してきたのはやつだ。油断も隙もないな…。
「何やってるんだ。」
「アムロ。なんて言いかた。」
「一緒に食べようとおもってね。」よく見たら量が多い。人の見てないところでどう丸め込んだんだか。親子揃って単なる面食いとか…。嫌だなあ。
「セイラさんのお兄さんだそうね。」
「まあ。そう。」
「どういう関係なの?」
「…雇用関係。」何か余計なこと言うなよ。
「あなた生死不明じゃなかったの?脱走?」
「え〜と。そんなようなもんだよ。」脱走と言われるのも腹立つ。
いやそんなのんびりしてる場合だろうか。
「かーさん。それより今どういう状態。」
「説明聞いてないの?」誰もしてくれないんですが…。
「ずっと寝たり起きたりだったんだけど2・3日前から自力呼吸が出来なくなって今は小康状態。あなたは何時までいるの?」
「状況が許せば出来るだけ居るつもりだけど。邪魔かな。」
「そうね。でもいてくれると助かるわ。」
「お役に立つよう頑張ります…。」やつは口はさまないで食べてる。と
「どんなお子さんですか。」と聞いてくる。
「大人しくて人見知りで体調のいい時に外へでると何見ても嬉しそうにしてる。それなのにこの子は会いにも来ないで。」
「おれは嫌われて触れなかったんだぞ。会いに来ても怯えられるだけだろ。」
勿論他の問題の所為で来る時間が取れなかったんだけど。
「あなたが苛めたんじゃないの?」
「かーさん。」
「彼は子供に好かれていますよ。」
「そうですか?」
「よく孤児院の手伝いに行っています。」あ、余計なことを…。
「アムロ。他人の子の面倒より自分の子の面倒を見るべきだったんじゃないの。」
「は い。」いやごもっとも。
「大体どうして何の連絡も寄越さずに。」
「ストップ。それどころじゃないだろ。」やつのほうを見て目を伏せる。
「お見苦しいところを…。」
「お気になさらず。それよりお子さんの写真でも見せてくれますか?」
「喜んで。」
話を逸らすのが狙いじゃ無さそうだな…。明日大人しく帰ってくれるんだろうな。
◆◇◆
重病人の個室でひそひそ話してるのを横目に子供の顔を見ていた。
いつの間にか子供の話からおれの子供時代の話になっている。あきれた手腕だ。詐欺師になれるぞ。
「そろそろ就寝時間じゃないの?」
「あら。」あらじゃないだろう。
「食器返しに行くついでにそこまで送る。」
背中押して追い出す。部屋の外にでて文句言おうとすると
「食器はわたしが返しておくから部屋にもどりたまえ。」と廊下に人気がないのをいいことに軽いキスをして去ってゆく。えらく機嫌がいいこと。部屋に戻ると母も機嫌がいい。
「いい気晴らしになったみたいだね。」
「あんなに話したの久しぶりだわ。何時までいるの?」
「明日は帰るよ。あれでも忙しい身だから。」居られたら困る。
「それよりここに泊まる訳に行かないんじゃないの?」
「本当は駄目なんだけどそのソファで寝ているわ。」
「おれはどうしよう。近くに泊まる所ある?」
「いいわよ。ここで休みなさい。そんなに長いことじゃないから。」
「かーさん。」
「セイラさんの口利きで我侭言わせて貰っているけど一昨日は心停止もしてもう駄目だと思っていたら動き出したの。意識は戻りそうもないし無理な生命維持はしたくないから。サインもしてあるの。でもこんな子供が枯れるように死ぬのは…。」下を向いて唇をかみ締める。
手を引いてソファに座らせて下から見上げて
「大丈夫?」
「テッシュとって…。」探して渡す。
「気が緩んだみたい…。」と急に噴出す。
「何?」暫く笑いのつぼにはまって止まらない。こっちは分けわからなくてぼっとしてる。
「ごめんなさい…。したから見上げる顔が同じで…。あの子もそうやって見上げていた。」
「そう?」
「本当に良く似ている。」
「あたりまえだろ。」
「そうね。」力なく微笑むとじっと目を見る。
「あなたが心配するほど人の死に慣れてないわけじゃないのよ。病院の手伝いはずつとしていたんだから。」
「身内は別だよ。理屈じゃない。」
「そうね…。考えたくないわ。」手を握り締めて
「考えなくていいんだよ。今生きてるんだから。」また唇をかみ締めてる。
「明日他の話も聞かせてくれる?」
「いいわよ。」
「おやすみ。」
大人しく寝たのを見て枕元に座る。朝まで見るぐらいしか出来ることはない。
◆◇◆
今まで人の死を看取ったことがないからどうしたら良いとか考えられないが、最初に見たときから預けるまでの事を思い出してた。
言われた言葉は「嫌!」だけで後は避けられまくってたなあ。
あれほど子供に嫌われたことが無かったのでかなり戸惑った。他の人にはそんな極端な反応しなかった所を見るとNT能力に関係があるんだろうけど調べたくなかったのでその後はさわらないようにしてた。
今はさわっても大丈夫かな。さっき拒否反応が出たようだけど。そっとほほにふれると今度は何の反応も無い。もう反応する力も無いんだろう。嫌以外の言葉が聞いてみたかったな。怯えた顔以外も。
機械の数値を見ると素人目にもかなり低い危なくなったら直ぐ分かるとは言え正直何時変わるかと思うとゆっくり寝られない。見てないと止まりそう。
「弱いな…。」
空が白み始めると窓を叩く音がする。音を立てないように窓を開ける。
「何?」
「これから帰るが。」それは良かった。
「あの子の髪の毛を1房切ってくれないか。」
「切るもの持ってないけど。」ポケットから万能ナイフを出して手渡される。
「用意がいいな。なんに使うんだ?」
「気にするな。」怪しい。こそこそ言い合ってて声が大きくなっても困るのでご希望通り1房切って渡す。
「はい。大人しく帰れよ。」