風邪引きの恋
藤みがかった靄色の髪だったり、兎色の瞳だったり、白い肌だったり。
あえて意識しないようにしていたのかもしれない。
気にしてしまえば、後はただずるずると仲良くなってしまうだけだから。
円堂の時も、豪炎寺の時もそうだった。
俺は他人の色を知ることで、改めて相手を認識する。
俺はそれを嫌だと思ったり避けたりしたことはなかった。
そう、才次以外、一度も。
ぱたぱた、シーツが音を立てる。
それは才次がこぼした涙の音で、ぱたぱた、ぱたぱた、ずっと続く。
次第に雨足は強まり、とうとう俺の右手を濡らすに至った。
「泣くなよ」
「だ、だって」
顔を伏せ、肩を震わせて泣く才次の姿は、一度も見たことのないものだった。
雷門と対決した時も、苦笑交じりにあっさりと負けを認めた才次からは
予想も出来ない弱々しさが漂っていた。
「ず、ずっと、嫌われてると、思ってた、から」
途切れ途切れに返ってきた返答は、俺の心臓を刺すには充分で。
嫌われていると思っていた。思わせてしまっていた。
その事実が容赦なく胸に突き刺さる。
嫌いじゃない。
チームメイトを嫌いになんてなれるはずがない。
一度嫌いになってしまえば、チーム内の均衡が崩れ、崩壊を招く。
それに俺は、嫌いな人間とは、話さない。
でも、あんな曖昧な態度を取っていれば、才次がそう思うのも当然だ。
露骨に避けたこともあったし、拒絶したこともあった。
才次の「好き」という言葉も、受け流してばかりいた。
だって、真剣に捉えたら、こちらが痛い目を見てしまいそうだったから。
もし俺も才次が好きになって、その後で「あれは嘘」なんて言われたら?
結局は自己保身ばかりが先になって、俺は、才次のことなんて一つも考えちゃいなかった。
胸が痛い。
才次の色を見ないフリをしていたのも、適当な態度を取っていたのも、
全てこの痛みを回避するためだったのか。
乱雑にナイフを立てられた林檎の痛みが、俺を襲う。
「あり、が、と…来てくれて、嬉し、よぉ…」
俺の右手を力なく握り締めて、才次は背を丸めて泣き続ける。
掠れた声で何度もありがとうと繰り返す才次に、俺はどうすることも出来ず、
痛みを噛み締めながら彼の雨が上がるのを只管待っていた。
皿の上を転がる林檎たちは、何も言わず、ゆっくりと乾いていく。