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Zefiro torna【泉栄】

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「あー、なるほどねぇ……。」
 泉は驚いた顔をしながらも、ちゃんとオレの顔を見てる。ホントにオレのこと考えてくれてるんだって思ったら、ちょっとじんときた。
「確かに、それは好きなヤツとかに思うコトだよなぁ。」
机に肘をついて、泉は軽くため息をつきながら言う。
 やっぱり、そうなのかな。オレって、水谷のこと、好きなのか…? 間違って、ない?
 俯いてまた考えはじめると、泉がオレの顔を覗き込んで訊ねた。
「……で。栄口はどーしたいワケ?」
「どう…って……」
 ホントに好きかどうかも分からなくて悩んでいたのに、どうしたいって言われたって……。
「だって、好きだったらさ。その、付き合いてぇとか、キスしたてぇとか思うんじゃねーの。」
「…っ!」
 付き合う――って、オレ、と水谷、が…?! それにキスって……。でも想像したら思ったよりイヤじゃなくて、ドキドキと心拍数が上がる。
「……栄口?」
 何も言えなくなったオレをちらりと見て。それから、泉はとんでもないことを口にした。
「……告白(こく)っちまえば…?」
「はあ?!」
 慌てるオレを冷静に眺めながら、泉は言葉を続ける。
「少なくとも水谷のヤツは、栄口のコト大切には思ってるし。」
「…っ、……だけど、それは友達としてだろ…?」
 オレと泉だってそうだけど、水谷とだって、オレは結構仲がいいと思ってる。
 だから。だからこそ、言えないのに。
「――今の関係を壊すのが怖い、か?」
 ちらりとオレを見据える鋭い視線。泉は冗談なんかじゃなくホンキで言ってるんだ。
「そんなのっ――」
 オレはその後を続けらんなくて口ごもる。
 当たり前じゃ、ないか。告白なんかして、今キープしてる、限りなく一番に近い場所を失くすくらいなら。
「でも、今のままじゃ満足できなくなったから悩んでんだろ?」
「……っ!」
 もっともな泉の指摘に、言葉に詰まった。
 泉の言う通りだ。今の関係のままでいいならこんなに悩んだりしない。人に相談なんか……しない。
 相談なんて、人にする前から答えは決まってる。人は自分の考えを肯定して欲しいから、他人に相談するんだって思う。
 つまりオレは、泉にオレの想いは間違ってない、大丈夫って後押しして欲しかったんだ。
「ま、どうするかは栄口が決めることだけどな。……あいつだったら、栄口のコト悪いようにはしないと思うぜ?」
 付け足された言葉はぶっきらぼうな様でいて、でも泉の友達想いな気持ちが胸に沁みて。
 心がほわっとあったかくなった。
「泉……ごめん。それから、ありがと。」
 オレは泉を見て言うとぎこちなく笑う。
 一瞬泉はきょとんとしたけれど。それからニヤリと口の端を吊り上げて笑った。
「……バーカ。オレたちだって、親友(ダチ)だろーが。」
 そう言って、照れ隠しなのかオレの頭をわしわしと撫でる泉の気持ちが。
 ――オレは本当に嬉しかった。



 帰って来るなり自分の部屋に閉じこもると、オレはベッドに身を投げ出した。
 ドキッとしたんだ。栄口の、告白に。
『……好き、かもしんない。』
 そう言って、耳まで赤くして俯いた栄口。
 一瞬それがオレへの告白のように思えて、一気に心拍数が跳ね上がった。
 その後、栄口の好きなヤツが水谷だって聞いた途端、残念なような、悔しいような、なんとも言えない気持ちに襲われた。
 それで、初めて気づいた。
 オレは、栄口が好きなんだ。多分……そういう意味で。
 いつも傍にいるのが当たり前だと思ってた。すぐ横で笑っているのが心地よかった。時には、真っ直ぐにオレを見て諫めてくれるのも、ありがたかった。そんでもって、いつの間にか惹かれた。栄口の笑顔や色々が、全部オレだけを向けばいいのに、そう思った。
 だったら、尚更。栄口が笑っていられるように、オレはあいつに協力してやらないとなんねー。
 気づいたと同時に失恋、なんて情けないけれど、オレは自分より栄口と水谷っていう仲間を大切にしたかったんだ。
 告白(こく)っちまえば? なんて、よくオレも言ったよな。
 自分だってそんな勇気ないクセに、栄口にはそんなこと言うのか。
 水谷は、栄口のことがスゲー好きだ。だけど、それが栄口と同じ『好き』だなんて可能性は、マトモに考えればスゲー低い。
 そりゃそうだろ。同性を好きになる確率がそもそも低い上に、そのベクトルがお互いを向くなんてこと、そうそうあるワケねぇ。
 にも関わらず、オレが栄口にあんなコトを言ったのは。
 心のどこかで、あわよくばオレの方を振り向いてくれないかとか、さっさと水谷なんか諦めてくれればオレにもチャンスあんじゃねーの、とか。そういうズルいことを考えたからだ。
「うわー、オレってサイテー……」
 オレはごろりと寝返りをうつと、ぼふっと枕に顔を埋めた。
 栄口は、水谷に想いを伝えるんだろうか。そして、それを聞いた水谷は、どうするんだろうか。
 考えたところで、オレは自分にできることをするしかなくて。
 今、できるのは、栄口を見守ることだけだった。



「栄口、話って何~?」
 いつもみたいにへらりと緩く笑う水谷に邪気のない視線を向けられて、既にオレはイッパイイッパイになっていた。
『ちょっと話あんだけど、今日この後いい?』
 部活が終わって皆で着替えている時にそう声をかけて。今、オレは水谷と部室に二人きり、だ。
 これが、相手が女の子とかだったら、案外の勘のイイ水谷のことだ、うまく避けたりあしらったりするのかもしれない。だけど、オレは男で、チームメイトで、多分――親友で。
 そんな相手に告白されるなんて誰が思うだろう? オレだって思わない。
 ニコニコとオレを見つめる水谷に、申し訳ないという気持ちで一杯になる。だって、オレは今からお前の友情を裏切るんだよ。お前がオレにくれる友情を受け取ってるだけじゃ満足できなくなって、もっと、と欲を出してるんだ。失うかも、しれない。それでもオレはもうガマンできなくなってしまった――
「あのさ、真剣に、聞いて。」
 声が、震えた。カッコ悪い、そう思うのに止められなかった。
 強く握りしめた両手は、指の先まで白くなっている。
 オレのそんな様子を見て、水谷は話の重要さを感じ取ったようで、表情を引き締めた。
「……何。」
 オレはゆっくり深く息を吸うと、一気に告げた。
「好き、なんだ。お前のこと。」
 水谷はきょとんとすると、なんで今更そんなコト、とオレの顔をまじまじと見つめる。オレの言う意味をきちんと伝えるために、オレは言葉を継いだ。
「……友達としてじゃなくて。恋愛、の。」
 オレの言ったことを、処理しきれないのか、水谷は固まったまま、オレと視線を合わせたまま。
「え? あ…? 恋愛、…って」
 じわじわとその言葉の意味が浸透していったらしく、水谷が慌て出す。
 そうだよな。そんな風に考えたコトなんてなかっただろ? オレ、困らせてんだ。ワカってる。ワカってんのに、ガマンできなかったんだ。
「返事、すぐじゃなくていいから。……時間、取らせて悪かったな。ゴメン。」
 その場ですぐに、答えをもらう勇気はなかった。
 オレは逃げるように自分のバッグを掴むと、部室のドアを開ける。
「栄口…っ!」
作品名:Zefiro torna【泉栄】 作家名:りひと