Zefiro torna【泉栄】
「ホント、ごめんな。」
オレを呼ぶ水谷の方を一瞬だけ振り返ると、オレは眉を下げて笑いかけた。
本当にゴメン。一方的にオレの気持ちを押しつけた。だけど、せめて、一チームメイトとして、水谷の傍にいることくらいは許して欲しい。
そんなことを思いつつ、オレは部室のドアを閉めた。
な、んだったんだ。今の。
オレはどうにか部室の椅子を引くと、へなへなと座り込んだ。
好きだって、言われた。
それだったら、今までにだって数えるほどだけど告白されたことはあるし、中学ん時彼女がいたことだってある。
だけど。オレに好きだって言った相手は栄口で。栄口は、チームメイトで――親友だった。
嘘、だろ……?
まだ現実のモノのような気がしなくて、オレは自分の手のひらを眺めると、何度か握ったり開いたりを繰り返した。
「栄口が……オレを……好き。」
まだ夢のような浮遊感が残っていて、ぽつりと呟いてみる。
じんわりと頬が熱くなるのを感じた。
「好きって……そーいう好き、だよね。」
自分で思い出すように、記憶を整理するように、言葉を紡いでいく。
栄口はわざわざ念を押していった。友達の好きじゃなくて、恋愛のソレだと。
返事は急がないってコトは、返事をしなければならないってコトだ。
返事……って、やっぱ付き合うとかそーいうの?
今まで栄口のことをそんなふうに見たことも思ったこともない。当たり前だ。オレたち男同士だもんな。
栄口の隣は心地イイ。情けないオレを甘えさせてくれて、しっかりしてて、時にオレを引っ張ってくれて。オレがなんか失敗しても、最後には『仕方ないなぁ』なんて言ってオレを助けてくれる、一緒に進んでくれる。それが栄口だ。
その栄口の存在を。
失くしてしまうなんて、想像できなかった。
しょーがないじゃん。今まで、こんなに近くにいたのに。
栄口のとは違うだろうけど、オレだって栄口のコトは好きなんだ。
……考えなきゃ。栄口と一緒にいられる方法を。オレと栄口が、今まで通り笑い合っていける方法を。
オレはふらふらと立ち上がると、床に放り投げてあったエナメルバッグを担ぐ。
そっから、何をどうやって帰ったのか全然記憶になくて。
気づけば自分のベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちていた。
携帯のバイブが忙しげに鳴る。
こんな時間に何かと携帯を取り上げれば、栄口からのメールだった。
『遅くにゴメン。まだ起きてる…?』
その文面を見て、ああ、話したいコトがあるのだろうとオレは着歴から栄口の番号を呼び出すと、通話ボタンを押す。
1回…2回…3コール目の途中でぷつりと呼び出し音が切れて。
『……泉?』
確かめるような、少し抑えた栄口の声が聞こえた。
「おう、どーした。」
こんな時間に、とは言わない。栄口はそこまで空気が読めないヤツじゃない(むしろ気にしぃだ)から、オレが言わなくてももう深夜に近い時間だと言うことを十分気にしてるだろう。
「遅くにゴメン。その…っ、報告っていうか……」
おずおずと口を開く栄口にピンときて、オレは携帯を耳に押し当てた。
栄口が、水谷に告白したって聞いたのはちょうど一週間前だ。
オレが部室で栄口と話をしてから三日くらい後だったと思う。栄口にしては早い決断だと思った。それだけ、思い悩んでたってコトなんだろうけど。
水谷が出した答えが気になった。
一週間空いたってコトは、ヤツなりに真剣に悩んで、考えて、それで答えを出したんだろう。水谷が栄口のことをそういった意味で好きなんだったら、その場で返事をしたはずだから。つまりは、水谷の栄口に対する好きは恋愛の好きではなかった、そーいうコトだ。
「あんね……、」
オレは電話の向こうの栄口には聞こえないように、ごくりと息を呑む。この間が、果てしなく長く感じた。
「……いいって。付き合って、も。」
自分の中の、何かが。ガラガラと崩れ落ちていく。
水谷は、栄口と一緒にいることを選んだんだ。――その気持ちが、たとえ恋じゃなくても。
そんでもってオレは。
どっかで、きっとダメなんじゃないか、とか。オレのことを少しでも気にかけてくれるんじゃないか、とか。そんなふうに思っていた自分を思い切り突きつけられた。
「そ、っか。……良かった、な。」
辛うじて、その一言を喉から絞り出す。それだけのコトがなんでこんなに苦しいんだろう。いつの間にオレ、こんなにコイツのこと好きになってたんだ。
「……あり、がと。泉が、いてくれたからだよ。」
ちょっとはにかんだ風に言う栄口は、幸せそうで。スゴく嬉しいコトを言われた気がするのに、胸がズキリと痛んだ。
これでいい。栄口が笑っていられれば。そう自分に言い聞かせる。
「いーって、そんなの。……栄口のコト泣かしたら許さねーって、あの水谷(アホ)に釘刺しとかねーとな。」
「アホって、ちょっと…いくら何でもそれじゃ水谷がかわいそうだろ。」
「いーや。オレの親友と付き合おうってんだから、そのくらい言っとかねーと!」
大袈裟に言ってやったら、栄口が声を上げて笑った。
水谷とも、こうやって笑い合うのかな。深夜のメールも、電話も。アイツのモノになんのかな。考えれば考えるほど、ドツボにハマってしまいそうだった。
黙ってしまったオレが、眠いと思ったのか。
「あ、ごめん。もう寝るよね。……聞いてくれてホントありがとな。」
慌てて栄口はオレに呼びかける。
「ん? ああ。なんかあったらすぐに言えよ。マジでアイツのこと絞めてやっから。」
「はは、分かった。……それじゃ、遅くにゴメン。おやすみ。」
「おー、また明日。」
その後に返ってくる言葉はなく、ぷつりと電話は切れた。プーッ、プーッと単調な音だけが耳に響く。
「くっそー!!」
オレは携帯を放り投げるとベッドに大の字になって。それからくるりと横を向くと、自分の身体を抱え込んだ。
こんなに、好き、なのに。好きなヤツの、幸せ、なのに。心からの『オメデトウ』が言えない自分が、すごくイヤなヤツに思えた。
それから。オレと栄口とは時折昼飯を一緒に食うようになった。水谷とのことがあってからの方が、二人の距離が近くなっただなんて、皮肉なモンだ。
話の内容なんて色々だけど、多かれ少なかれ水谷の名前は話題に上った。所謂惚気に分類されるであろう話題だったけれど、それでもアイツの話をする時の栄口はちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ってて、オレはそれだけで満足するべきだと自分を納得させていた。
だけど、2週間、3週間と過ぎて。栄口と水谷が付き合い始めて、そろそろ1ヶ月が経とうとした頃だ。栄口の表情に翳りが見え出したのは。
いつも落ち込んだりするワケじゃない。時折切ないような、諦めのようなため息をつく。
それはホンの会話の隙間であったり、一緒に昼を食ってるその合間であったりするのだけど、オレはなんとなく気になっていた。
それに付随するように、時折栄口が水谷に狂おしいような視線を向けるコトにも気づいた。
水谷とうまくいってないのか? と首を傾げるものの、楽しそうに二人が話をしてる姿は目に入る。だって、オレはその度に心を痛めてるんだから。
作品名:Zefiro torna【泉栄】 作家名:りひと