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Zefiro torna【泉栄】

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 もっと痺れるような。
 ……あれ?
「栄口、……オレたち、別れよ?」
 呆然としているオレに、水谷が言った言葉は青天の霹靂で。
 オレはゆっくりと顔を上げると、言葉もなく水谷の顔を見つめた。
「だって、栄口、オレのこと好きじゃないっしょ。」
 そう言って、水谷は少し寂しそうな表情で笑う。
「好きだって――」
 ――言ってるじゃないか。そう言おうとしたオレの言葉を遮るように、水谷は首を振った。
「オレ、ね。栄口は気づいてた思うけど……告白された時、どうしたら今まで通り栄口の傍にいられるんだろう、って考えて。それで、栄口が離れてくくらいならって栄口とお付き合いすることにした。でも、オレの好きはあくまで友達の好きで――」
 オレは水谷の言葉を聞き逃さないようにと、必死に耳を傾けた。分かってた。水谷がオレのコト、そーいう風に見てないってコト。だからこそ、続きが気になって。
「だけどね。オレはちゃんと栄口のこと、ちょっとずつ好きになってたよ。そんでさ、好きになればなるほど、栄口のホントの気持ち見えてきちゃったんだよね。」
「ホントの…気持ち?」
「うん。」
 水谷は眉を寄せたまま小さく一つ頷く。
「栄口が好きなのは、オレじゃないよ。――だって。辛いときに相談しにいったのは誰? 一緒に弁当食べてたのは誰? 苦しい時に助けを求めるのは誰?」
 ぱっと脳裏に泉の顔が浮かぶ。水谷のこと好きだって言っといて、オレは泉を優先してた…? いや、だけど泉は親友、だろ?
 様々な想いが頭ん中を駆け巡る。
「栄口さぁ。今のキス、どうだった?」
 突然話が変わってついていけないでいると、水谷の眉が悲しそうに顰められた。
「好きだったら――そっから熱くなったり、すごく甘かったり、キンチョーして手がじんじんいったりすんの。栄口は――平気そう、だよね?」
「あ……」
 確かに。今、水谷が言ったみたいなコトは、全然なかった。ドキドキだって、そりゃ、多少緊張はしたけれど、あの時に比べたら――
「オレなんかさ、」
 水谷がオレの手をとって、水谷の左手にオレの手のひらを重ねた。その冷たさにドキリとする。
「緊張でこんなんなって。しかもまだ震えてるよ。情けないよねぇ。」
 言いながら水谷は俯いて。ぎゅっとオレの手のひらを握りしめた。
「オレ、栄口の隣で、栄口の気持ちが他のヤツに向いてくのなんて見たくない、んだ。だから――ゴメン、終わりにして? ……戻すから、オレの気持ち。…友達に、……戻って。」
 その声は微かに震えてて――オレは、何も言えなかった。
 どうして、気づけなかったんだ。
 自分のガキみたいなワガママで、水谷も、泉も巻き込んだ。こんなに水谷を傷つけた。
「水谷……ごめ、ん――っ」
 オレの謝罪には答えずに、水谷はもう一度オレの手のひらを強く握ると、それからそっとオレの手を離した。
「オレ、まだかかるから。――先、帰ってくれる?」
 いくらゴメンと謝ったって。水谷を傷つけたという事実がなくなるわけではない。
「ゴメン。水谷、ホントに――」
 話は終わり、と言わんばかりに机に突っ伏してしまった水谷に、それ以上何も言えなくて。
 オレは自分の荷物を持つと、部室のドアを開ける。
 部室を出る瞬間。もう一度だけ、と振り返って。オレは見なきゃ良かったって心底後悔した。
 肩を震わせる水谷の姿なんて。見たく、なかった。
 だって確かに、オレは水谷が好きだったんだ。友情以上の何らかの情でもって、ホントに好きだった。
 ――ただそれは恋ではなかったんだ。



「雨、かよ……」
 ザァァと窓の外に響き始めた雨音に、オレはチッと舌打ちをする。
 雨は、嫌いだ。なんて言うか、じめじめとした空気のせいか、憂鬱になるし。なんだか変な胸騒ぎがする気がするから。
 こんな時はさっさと寝ちまうに限るのに、何だか今日は寝付けなくて。
 オレはベッドの上で寝返りを繰り返していた。
 ふと、思い立って携帯を開く。
 ここんトコの着信やメールは、圧倒的に栄口からが多かった。だけど、今日はまだ電話もメールもない。……当たり前だ。昼間あんなコトしたんだから。
 トモダチだってできるだろ、なんて大嘘だ。
 心臓がバクバクいってしばらく治まらなかったし、何より真っ赤になってしまった顔は、教室に戻った時に田島や浜田に指摘されるくらいには誤魔化しようがなかった。
 栄口は、オレの言うことを信じたんだろうか。
 あんな真っ赤になって、涙目で口押さえて。
 もしかしたら、初めてだったかもしんねー。それだったら、オレが初めてのヒトだよな、なんて考えてまた身体が熱くなる。
 ダメだダメだ。他のコトを考えろ。いずれ諦めなきゃなんねーんだから。
 オレはまた一つ寝返りをうつと、ぎゅっと目を瞑った。
 その時だ。手にしていた携帯が突然震え出したのは。
 慌ててオレは携帯を取り落としかける。
 『着信:栄口』
 小さな文字が、バックライトごと飛び込んできた。
「お、おっ、おおっ?!」
 どうにか落とさずに携帯を掴むと、オレはボタンを押す。
「……もしもし?」
 できるだけ気持ちを落ち着かせようと。低くゆっくりとしゃべる。
 いつもなら『泉?』と返ってくるやわらかな声が、今日に限って聞こえない。
 どうかしたのか、とオレは携帯を強く耳に押しあてた。
「……栄口? …おい、栄口…?!」
 聞こえない声に、不安が増す。
 微かに聞こえる音に耳を澄ます。
 コンクリを叩く雨の音。雑踏の音。ざわめきの音。酔っぱらいと思われる、呂律の回らない声。ホームのアナウンスの音――その中に掠れたように聞こえるしゃくりあげるような声。
「さ、かえぐち……?」
 確かめるように名前を呼ぶ。
 どうしたんだよ、栄口。
「い…ずみ…っ、…ごめ……オレっ…いず…し、か……っ」
 ようやっと携帯の向こうに聞こえた声は、弱々しくて、そのまま消えてしまいそうで。それでもオレの名前を懸命に呼んで。
 栄口に、何があった。
「栄口、今どこ……!」
 これだけハッキリと雨音が聞こえてる。駅の雑音を拾う。遠くに車が水を撥ねていく音も聞こえる。栄口は今日、傘は持っていただろうか?
「……駅の、…裏の、こ…えん……っ」
 告げられた駅名は、学校でも栄口んちの最寄りでもなくて、オレんちの近く。――オレに会いに、来た?
「そっから動くなよ、すぐ行く…っ!!」
 オレは一旦電話を切ると、大急ぎで外に出られるだけの格好に着替えてバタバタと家を飛び出した。後ろからお袋が『孝介っ、どこ行くのッ!』って呼んだ気がしたけど、オレの中での優先順位は『栄口が最優先』だった。
 駅前の、ちょっと入ったところにある小さな公園。多分、栄口はソコにいる。オレの家からは充分徒歩圏だ。
 だけどオレは気ばかり焦って。手に持っている傘が全くと言っていいくらい意味を為さないほど、オレは全力で走った。



「栄口ッッ!!」
 叫んだオレの声に、細い肩がぴくりと震えて。膝を抱えるように座り込んでいた栄口の頭が、少しだけ上がった。
「お、っ前! ビシャビシャじゃねーか!」
作品名:Zefiro torna【泉栄】 作家名:りひと