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Zefiro torna【泉栄】

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「……うん。」
 オレは小さくだけど返事をして。微かにだけど、笑みを返した。
 泉もホッとしたように表情を緩める。
「もう、今日は寝ちまえ。そんで、明日ぱーっと遊んで。気持ち切り替えよーぜ。」
 そう言って泉はポンとオレの頭に手を置いて。それからわしわしと撫でた。オレの髪の感触が好きなのか何なのか。いつも泉が小さな子供にするみたいなソレは、ちょっと気恥ずかしいけどオレに安心を与えてくれるもので、今思えばそれが気持ちイイと思った頃から泉に惹かれていたのかもしれない。
「うん、……そーする。」
 オレは素直にそう答えると、腰掛けていたベッドから降り、泉が用意してくれた布団に潜り込む。
「電気、消すぞ?」
 言うと同時に、部屋が暗くなって。一瞬視界を失った。
 衣擦れの音で、泉もベッドに潜り込んだことが分かる。
「じゃ、おやすみ……」
「うん、おやすみ………ありがと。」
 目を瞑って、早く眠ってしまおうと頭の中を空っぽにする。
 部屋に自分以外の呼吸音が響くってのも不思議な感じがして。
 普段は弟と同じ部屋で寝たって気にならないのに。やっぱり、同じ部屋にいるのが泉だからなんだろうか。
 そんなことを考えながらも、雨に打たれて思いの外体力を消耗していたことと、泣いて疲れ果てていたことで、オレは早々にウトウトし始めた。
「栄口、まだ起きてっか……?」
 低い声で、オレに背を向けたまま泉が言うその声で、わずかに意識が覚醒する。
 でもオレは、まだ半分夢の中で。
「ん……」
 と、起きているのか寝てるのかよく分からない返事をする。
 泉にとっては、もしかしたらそのくらいの方が都合が良かったのかもしれないし、オレの状態を気にする余裕がなかったのかもしれない。
「……あのさ、今日の昼間のキス。…そーいう意味だっつったら、どーする?」
 ………昼間、の…?
 って、ああ、友達でもできるんだからってヤツ。そっか、あれはまだ今日のことだったっけ。
 そーいう意味…って――どーいう――
 オレが言葉を返せないでいると、
「…やっぱ何でもねぇ。……忘れて。」
 と泉は言葉を切ってしまった。
 半分眠ってしまった頭でいくら考えても、オレは泉の言っているコトがうまく処理できなくて。
 ワケが分からないまま、夢の世界へと落ちていった。



 射しこむ陽の光の眩しさに顔を顰めて、目が覚めた。ゆっくりと身体を起こして、隣のベッドを見るとまだ泉は夢の中のようだ。
(昨日はみっともないトコ見せちゃったな――)
 寝起きのぼんやりとした頭でそんなコトを思う。
 昨日は……と考え始めたところで、眠りに落ちる間際の泉の言葉を思い出した。
 昨日のキス……そーいう意味って……
 ………。
 …。
 え、えっ?!
 オレは一つの可能性にたどり着いて吃驚する。
 だって、まさか。でも、そうとしか。一旦『友達としてのキス』だと言ったのに、わざわざあーいう風に言ったってコトは。
 オレは気持ち良さそうに眠る泉の顔を覗き込んだ。
(オレのコト――って、期待していいの……?)
 手を伸ばして、そっと頬を包む。
 昨日、この唇に触れた時のドキドキは、甘く切ないモノだった。
 触れたい――
 唐突に思った。
 もう一度、あの切ないような痛みを、甘さを感じたい。
 どくん、どくん、と心臓が音を立てる。
 周りの音なんてとっくに聞こえなくなっていた。
「い、ずみ……?」
 ゆっくりと、顔を近づける。
 気づいて、気づかないで。二つの気持ちがせめぎ合って。でも、もう止められない、そう思った。
 ――あと3cm。
 耳の奥で自分の脈打つ音が煩いほど速く強くなって。
 触れる、そう思った途端に、泉の目がうっすらと開いた。
「――っ?!!」
 オレは慌てて身を引こうとするけれど、オレの腕はしっかりと泉に掴まえられてしまって。
 泉は、オレを掴んだのと反対の手で、オレを首から抱き寄せた。
 そのまま重なった唇に、オレの頭の中は真っ白になった。



 夢を――見ていた。
 栄口が、声も上げずに、ただハラハラと涙を流して泣いている。
 泣くな。
 泣くんじゃねーよ。
 オレがいるから。オレが、お前の傍にいるから。
 そっと、涙の流れ続ける頬に手を伸ばした。
 日に焼けた、少しガサついた素肌に触れる。
 栄口の、榛色の瞳が、真っ直ぐにオレを見る。
 その目に吸い込まれるように、オレは栄口に口づけた。
 はじめは、やわらかく触れるだけ。
 何度も、何度も触れては離れを繰り返し、やがて耐えられなくなったように、薄目の栄口の唇に歯を立てた。
「……っ!」
 今までとは違う刺激に、栄口の身体がぴくりと揺れる。
 もっと、栄口の反応が見たい、とオレはぺろりと栄口の唇を舐めた。
 なぜだかそれは酷く甘く感じられて、オレはもっと、と舌を伸ばす。
「んっ……ふ…ッ」
 歯列を割って入り込んだナカは熱くてくらくらした。ひゅっと引っ込んでしまった舌を追って、オレは強く吸い上げる。
「んぅ…、う…ふあ…っ」
 ぶるりと栄口の身体が震えたのが分かった。
 内壁を、歯の裏を舐め尽くして、栄口のナカをオレで塗り替える。
 ずっと、こうしていたい――
 そう思った瞬間、ぐっと肩を強い力で押されてハッとした。
 目の前には真っ赤になって目を潤ませて。口元を腕で拭う栄口がいた。
 え…? なんで、栄口がオレの部屋、に。
 じわじわと、昨晩の記憶が蘇ってくる。
 ……ってことは、今のは――
 すっかり息が上がってしまっている栄口は、俯いて肩で息をしてる。
 オレ、もしか、して…ッ!
「さ、栄口っ、ワリィ…っ!」
 夢だと思ってた。現実では手に入らないのだから、だったら、せめて夢の中で。そう思って、欲張った。
 だけど、まさか……現実、だなんて。
「な、何寝ぼけてんだよ…っ、……一体誰と間違えてんの…?」
 無理に笑ってそう言う栄口の声は震えてる。よくよく見れば、耳まで赤い。それって、少なくともイヤじゃなかったってコトだよな…?
「まったく…泉、ジョーダンきついって。」
 ジョーダンだって? ジョーダンなんかじゃない。
 だいたい、冗談だと思うなら、なんでそんな泣きそーな顔して笑ってんだよ。
「――冗談なんかじゃねぇよ。」
 栄口の笑顔がぴしりと固まった。
「昨日、訊いたよな? あのキス、そーいう意味だったら、って。」
「……泉は、忘れてって言った。」
「じゃあ、それは撤回する。」
 ふいと視線を逸らして横を向いてる栄口の手をぎゅっと握りしめる。
「もっかい訊くから。――昨日のキス、本気のキスだっつったら、どーする?」
 オレは、栄口の顔を真っ正面から覗き込むと、戸惑いに揺れる栄口の目を見つめた。
「どう…っ、て…! 水谷をあんなふうに傷つけたオレに、そんなふうに想ってもらう権利ない、よ……」
 じゃあ、水谷のことがなかったら? オレのこと、少しは意識してくれてる?
「水谷のことは、いーから。……オレは、栄口の気持ちが聞きたい。」
 黙って、ぐっと唇を噛みしめる栄口。それって、もう言ってるようなもんじゃん?
「オレは、お前のコト、好きだよ。お前が、水谷とつき合い始める前から好きだった。」
作品名:Zefiro torna【泉栄】 作家名:りひと