こらぼでほすと 一撃4
れでも宇宙なんて、何があるかわからない。まだ、十代のフェルトを一人で帰すというだ
けで、無事に帰れるのか、と、不安になるのだ。
「大丈夫だと思います。何かあったら、エマジェンシーコールを入れられるように、フェ
ルトに、こちらの緊急回線のデータは渡してありますから。」
「ああ、ありがとな。・・・・・おかしいだろ? テロリストのくせに、移動だけで、こ
んなオタオタ心配してるなんてさ。でも、フェルトは、俺たちみたいな訓練は受けてない
んだよ。後方支援の人間だから。」
刹那やティエリアは、エージェントとしての訓練も受けている。どこでミッションが行
われてもいい様に、最低限のマナーやルール、対人折衝の方法なんかも叩きこまれてはい
るのだ。目立たないように、行動するためには、それが必要だからだ。フェルトは、そう
いう意味の訓練は受けていない。もちろん、射撃や体術なんかは受けているが、地上での
ミッションは想定されていなかった。
「そういうのより、ママは、フェルトが困らないか、とか、迷わないかっていう心配をし
ているように見受けられます。それは、普通に、親が子供にするものでしょ? 」
訓練とかテロリストとか、そういう次元じゃないでしょう? と、レイは笑う。一人で
困ったり迷ったりしないか、その時に、自分が傍にいられないことを歯痒いと思っている
。それは、愛情に因るものだ。
「まあ、そうなんだけどさ。せめて、軌道ステーションまで行けたらな。」
「やめてください。ほんと、ダメですからっっ。」
地上の気圧変化ごときで、ぐだぐだになっているニールが、気圧どころか重力まで変化
する場所へ行くなんて、自殺行為だ。ドクターが聞いたら、また、確実に堪忍袋の緒を切
るだろう。慌てて止めるレイに視線を移して、ニールも吹き出す。
「わかってるよ。だいたい、アフリカタワーまで辿り着けないって。・・・・ごめんごめ
ん、レイ。冗談だから。」
「お願いですから、無茶はしないでください。俺たち年少組だけじゃなくて、刹那もティ
エリアも、あなたのことは心配なんです。」
ここ三年、レイが見ているだけでも、明らかにニールは弱っている。まあ、いろいろと
事件があったのも原因だが、完全に元には回復しない。だから、極力、弱るようなことは
させたくない。刹那にもティエリアにも頼まれていることだ。
「ちょっ、ねーさん? レイを困らせてんじゃないぞ? 」
ホルダーカップを三つ、手にして近付いてきたシンが、レイの表情が必死なので、ニー
ルに注意する。
「ごめんごめん。ほんと、冗談だから。」
「カフェオレとアメリカンとキャラメルマキアート、どれにする? 」
「レイは? 」
「俺より、ママは? 」
どっちも遠慮するので、シンが勝手に決めて渡す。
「もういい。はい、ママはカフェオレ、レイはアメリカン、俺、マキアート。」
そして、ニールのとなりに座りこむ。まだ、飛行機は動かない。ようやく、最終点検に
入った様子だ。
「あのさ、帰りに寄り道してもいい? 」
「いいけど、なんだ? 」
「とうさんのコップを、ちょっと見に行きたいんだ。ほら、三人で出るのって珍しいだろ
? だから、いいのがあったら買って、早めの父の日ってことでさ。」
トダカの酒呑みコップを贈りたいと、ニールが言ったら、シンとレイも一緒に選ぶ、と
いうことになった。そして、コップはひとつではなくて、五つとトダカからオーダーが出
ている。息子たち、娘、孫と一緒に晩酌するから、というのが、その理由だ。シンは、父
の日にかこつけて渡そうと提案していたのだが、ちょうど三人で出かけているので、この
機会を利用しようと思った。
「それなら、付き合うよ。あれさ、俺としては、ビール用のビアカップもいいと思うんだ
よな。それと、冷酒用のと、別々にあったら、どうかな? 」
「うんうん、俺も賛成。とうさんの冷酒用ってお猪口とかじゃなくて、普通のガラスかな
んかのコップがいいんじゃないかな? 量はいんないと、面倒だからさ。」
「トダカさんはザルだからな。湯呑みでもいいんじゃないか? シン。夏用と冬用があっ
てもいいだろ? 」
「待て待て、レイ。それじゃあ三種類になっちまうよ。」
「別にさ。ビアカップは、五個で、他は一個でもいいんじゃないか? 」
「なぁーに言ってんだよ、ねーさん。とうさんが、晩酌を五人で、って言ったんだろ?
一個だけ送ったら、絶対にブルーになるぞ。」
贈り物についての討論が白熱して、キィィィーンという金属音でフェルトの飛行機が動
き出したことに気付いた。見送るように、三人も立ち上がる。ゆっくりと、タキシングロ
ードを進んで、あまり待ち時間もなく滑走路へと出た。そこからは、ぐんぐんとスピード
を上げて、ふわりと機体は浮き上がった。よく晴れていて雲がないから、飛行機が見えな
くなるまで、ずっと目で追い駆けた。飛び去ってしまうと、やっぱり、親猫は寂しそうな
表情になって、空を見上げている。
見えなくなって、しばらくすると、シンは、強引にニールをペンチに座らせる。そして
、「とりあえず、水分補給。それで、コップ探索。オッケー? ねーさん。」 と、顔を
覗きこんで大声で尋ねた。
「・・・・・・・ああ、わかった。なあ、レイ、ビアカップを陶器のにしてさ、湯呑み兼
用とかでもいいんじゃないか? 」
大声に反応して、ニールのほうも、先程の会話に戻る。レイも、「それはいいですね。
陶器なら、夏冬兼用できます。」 と、明るく返事する。落ち込ませないコツは、随分と
、年少組も心得てきた。まあ、次の用事を作ればいいのだ。それで、騒げば、落ち込んで
いる暇はない。
「俺さ、ケーキ食いたい。なんか、俺だけケーキの当たりが悪いんだよな。」
じゃあ、買って行こう、と、レイが提案するが、違う、と、シンも反論だ。手作りシフ
ォンケーキが食いたい、と、ニールにおねだりだ。
「デパ地下のほうが美味いって、シン。味の研究したいから、今日は買って行こう。」
「それでもいいけど、来週のオヤツに希望。」
「いいよ。あれなら、朝メシにもなるし、大目に作るから、おまえら持ち帰れ。」
「やりぃー。」
「ありがとうございます、ママ。」
我侭でもおねだりでも、この落ち込み期間のニールには、ぶつけてもいい。それで、忙
しくしていれば、子猫たちが出てしまったことも紛れる。そして、何より、こんなことを
言えるのは、年少組にしても嬉しかったりする。
ニールは、当人が知らないうちに、トダカ家への拉致が決まっているのが、おかしくて
、シンとレイは顔を見合わせて大笑いする。
「それでさ、今夜から、しばらく、里帰りな? ねーさん。」
「え? 」
「トダカさんが日曜日は、一人なんだそうですよ、ママ。それで、俺たちもトダカ家に帰
りますので、あなたも拉致します。」
「おまえらが帰るなら、俺は・・・・」
作品名:こらぼでほすと 一撃4 作家名:篠義