【かいねこ】桜の季節に共に笑おう
それから、特に何か起きることもなく、日が過ぎていき。
暖かい日が続いて、桜のつぼみも大分膨らんだ頃。
休日に、珍しく三人で、買い出しに出掛けた。
いつものスーパーで、なんとはなしに三人ばらけて、棚の間を歩いていたら、
「カイト!」
横から、腕を捕まれる。
ぎょっとしてそちらを見ると、忘れかけていた顔が、満足げな笑みを浮かべていた。
「駄目じゃない、勝手にいなくなっちゃ。さあ、一緒に帰ろう」
『もう飽きたから』
そう言って、俺を捨てた人が、もう一度連れ戻そうとしている。
言葉に詰まって、身動きとれずにいたら、
「駄目です!カイトさん!!」
横から、いろはさんの声がした。
「いろは!!」
反射的に腕を振り払って、いろはさんの側に行く。
彼女を背中に隠すと、前のマスターに向き直った。
「何してるの、カイト?あなたは、私と一緒に来るのよ」
「行きません。俺は、もうあなたのものじゃない。あなたは、俺のマスターじゃない」
俺の言葉に、前のマスターは顔を強ばらせて、
「何言ってるの?私がこうして迎えに来てあげたのよ?一緒に来るの。いいから来なさいよ!」
持っていた鞄を振りあげた瞬間、横から腕が伸びて、鞄を掴む。
ぐいっと向きを変えさせると、マスターが、怒りを含んだ低音で、
「俺の家族に、手出しすんじゃねえ」
その迫力に、こちらまでたじろいだ。
「な、何よ!私は、カイトの」
「何度も言わせんな。警察に突き出すぞ」
そう言って、マスターが鞄を離す。
「何よ!この、恩知らず!いらないわよ、こんなガラクタ!!」
吐き捨てるように叫ぶと、前のマスターは、スーパーの外へ走り出していった。
「やー、すいません。お騒がせしましたー」
マスターが周囲に頭を下げているのを見て、我に返る。
「あ、マスター、あの」
「ほらほら、買い物の続きするぞー。あ、どうもどうも、大丈夫です、どうも」
「マスター!あの人、もうこないよね?」
いろはさんが、俺の服を掴みながら声を上げた。
「あー、平気平気。来ても、向こうには何もできねーから。何の為に、あんな七面倒くさい手続きしたと思ってんだ。はいはい、いいから動け動け。買い物にきたんだろー、もー。んなとこ突っ立ってたら、日が暮れちまうわ」
マスターの言葉に、周囲に集まっていた人々も、それぞれ散っていく。
何事もなかったかのように、買い物に戻ろうとするマスターに、
「あ、あの・・・・・・ありがとうございます」
「あー、いーっていーって。ああいう手合いは、こっちが強く出ると逃げてくんだ。いろはん時は、もっと揉めたしな。なー、いろは?」
「マスターが、ちゃんと手続きしないからですよー」
「しただろ!失敬な!!」
いつも通りの二人に、心底ほっとした。
「もう、大丈夫でしょうか」
「大丈夫に決まってんだろ。心配すんなって。俺達は家族なんだから」
そう言って笑うマスターに、俺もつられて笑った。
作品名:【かいねこ】桜の季節に共に笑おう 作家名:シャオ