三回の、願い事
1つめの願い事
青色のマグカップの中に、後はお湯を注げばココアが完成というところまで準備して、俺は止まらない笑みを浮かべながらソファーへ向かった。
ココアと同様にこの青色のマグカップも、ついつい帝人君に似合いそうだなぁと思った瞬間、気が付いたらレジでお金を払っていた代物だ。だからかどうかわからないが、このマグカップは帝人君専用となっている。...まぁ、まだ3回しか使ってはいないけれども...。
そんな事を思いつつも、わくわくした気持ちは抑える事が出来ず、俺は今日何回目かの時計の針に目線をおくると、丁度昨日帝人君が訪れた時間帯をさした。
ピンポーン
(うん!時間ピッタリだね!)
浮かれた足どりのまま玄関に向かうと、ずっと待ち続けた相手だった。
「いらっしゃい、帝人君」
「こんにちは。お邪魔しますね」
お互いにこやかに挨拶を交わし、昨日と同様にさりげなくリビングのソファーに導き、目の前に入れたての温かいココアを置いてあげる。
「それでさっそくだけど、願い事って何かな?」
「はい。...あの、先に言っておきますけど、きいた後にダメとか言わないでくださいね?」
はやる気持ちを抑えて帝人君に問いかけると、当の本人は眉を八の字に寄せて不安そうに聞き返してきた。
(こういう表情を素でやる高校生...それも男子って帝人君くらいだよねぇ~。あはは、か~わいい!って、可愛いって何だ俺!?...まぁ、いっか...気にしてもよくわかんないし)
「大丈夫、大丈夫!昨日も言ったけど、俺に出来る事ならなんでも叶えてあげるよ。何なら1億でも準備しようか?」
「なっ?!!いりません、いりませんからね!!!そ、そんな大金怖すぎですよーーー!!」
気を取り直して笑いながら話しかけると、帝人君は一気に慌てだして、行動が面白くてさらに笑ってしまった。
「あはは、冗談だって。それで本当の願い事は何?」
「うぅ...もう...。...じゃあ、早速ですけど、一つ目の願い事を言いますね?」
「どうぞ」
「僕をぎゅーっと思いっきり抱きしめてください!!」
「......は?」
ずっと楽しみにしていた”帝人君の願い事”だけど、きいた瞬間予想外すぎて、思わず間抜け顔をさらしてしまった。
でも、仕方ないんじゃないだろうか?
(帝人君を思いっきり抱きしめる...?)
「あ、あの...ダメ...ですか...?」
弱弱しい帝人君の呼びかけにハっと意識が戻った。
「...え?あ、あぁ、ごめんごめん。意外でびっくりしちゃって。もちろんいいよ!じゃあ、いくよ」
(なんだ?童貞の青二才じゃあるまいし、何緊張してるんだ...)
ぎゅ
そんな効果音が付きそうな、強く、でも壊れ物を扱うかのように優しく帝人君を抱きしめる。
石鹸と太陽のような帝人君の香りが鼻腔をくすぐり、胸がなんだかドキドキして温かい気持ちになった。
(帝人君を抱きしめるとなんか落ち着く...)
「臨也さん...温かいですね。なんか...落ち着きます」
「そう?帝人君も温かいよ」
(ずっとこうしていたいな...。マジで落ち着く...)
最後に強くギュっとすると、どちらともなく離れるが、物足りない寂しい気持ちが胸に募る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それで次は?」
にっこり満足そうに笑う帝人君に俺も笑顔で返し、次の願いも俺にこの不思議な気持ちをくれる物かと期待を込めて聞くと、帝人君は静かに首を振った。
「いえ、また明日この時間にお願いします」
「引っ張るね?」
残念な気持ちが強く、苦笑を湛えたまま返すと、帝人君も苦笑を湛え一言「すみません」を返された。
「まぁ、明日を楽しみにしとくよ」
「ありがとうございます。じゃあ、僕は失礼しますね。お邪魔しました」
「じゃあ、ね」
一人残った部屋の中、やけに温かい掌をじーっと眺めたまま、暫く俺はその場に佇んでいた。