三回の、願い事
3つ目の願い事
朝からソワソワしぱなしだった俺は、ピンポーンというチャイム音に面白いくらい肩をビクつかせてしまった。
「き、来た!!」
昨日の一件があってから今日のこの時間までの間、妙な期待感と最後だという、なんとも言えない落胆とが両極端にのしかかり、落ち着かない時間を過ごしていたのだった。
(俺は、かっこいい情報屋の折原臨也。...うん。大丈夫だ!)
玄関前で一呼吸を整えた後、静かに扉を開けた。
「いらっしゃい、帝人君」
「こんにちは。お邪魔しますね」
いつもの様にリビングのソファーに誘導し、温かいココアを出してあげる。
そして、帝人君がココアを一口含むのを目の端に捕らえてから、静かに口をひらいた。
「さて、今日で”願い事”は最後だね。今までの意外すぎる願い事のしめは何かな?」
「あ、そうですね。先にここまで付き合ってくれてありがとうございます。最後のお願いごとなんですけど...」
一回言葉をきった帝人君は、じっと手に持ったココアを見つめ、意を決したように顔をあげた。
「僕を...僕を忘れてください...」
「.........................は?忘れるって何?実家にでも帰るのかい?」
いきなり言い出した言葉に茫然としてしまう。
誰がどうなるともしれない、眠らない街東京。でも、帝人がいなくなるなんて一度とて考えたことすらなかった。
真実を見極めようとじっと帝人君を見つめるけれども、当の本人は悲しげな笑みでこちらを見つめるだけだった。
「........っ!」
その中に本気を見出し、さらに問いかけようと身を乗り出した瞬間、いきなり凄まじい頭痛が襲い、俺は思わず頭を押さえてうずくまってしまった。
(くそっ!こんな時に何なんだっ!!)
さらに酷くなる頭痛に思いっきり目を瞑った瞬間、フラッシュバックの様に脳裏にある光景が浮かび上がった。
「.....っ!?あ....あ゛...ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁ.....っ!!!!!」
(思い...だした...。そうだ...。帝人君は.....)
カラカラに乾いた喉が水分を求めたけれども、それとは逆に一筋の水分が頬を伝った。
「思い...だしちゃいましたか?」
「...帝人君。忘れてほしいって事は、幽霊としてでさえいてくれないの?成仏しちゃうの...?」
「はい。本来は生きた人ともうかかわってはいけなかったのですが、神様に我儘をいって4日だけもらったんです。...あまりにも臨也さんが辛そうで...みていられなくて...」
帝人君の頬にも一筋の涙が伝った。
そう。1週間前、まだ高校生だった帝人君の生涯はあっけなく幕を閉じてしまった。
理由は簡単、静ちゃんと黒バイク、そして俺に恨みを持つ人間どもが集まってリンチした結果。この3人の共通の知り合いであり、尚且つ一番ひ弱そうな帝人君が選ばれたのだ。
情報を駆使し、この時ばかりは静ちゃんと協力をして皆で助けに行ったのだけれども、結局は間に合わなかった。
「...帝人君は優しいね。俺らのせいで死んじゃったっていうのに、心配までして。....っ!本当にバカだよっ!!」
「あはは。本当にバカですよね。これから消えるっていうのに、臨也さんに未練たらたらでずっと側にいたんですもん...。でも、最後にお願いきいてもらって満足です。ありがとうございます。もう僕の事なんて忘れて自分の人生を生きてください、ね?」
(....っ!忘れるわけ...ないじゃないか!!失くした記憶を思い出して、俺の気持ちもすっかり思い出したんだぞ!!)
「ダメ!絶対に忘れない!っていうか、帝人君が生き返れないなら俺が死んで一緒にいてあげるから、ずっと一緒にいなよ」
「........臨也さんは普通に地獄に行くはずなので、一緒にいれないと思うんですけど...」
普通にそう切り返してくる帝人君って何気に酷いと思う。
「...だったら帝人君が成仏しなければいい」
「拗ねた様にいっても可愛くないですよ。とにかく、僕は死んでからこういうのも何なんですが、ずっと臨也さんの事好きだったので、最後に思い出が出来て満足です。名残惜しくなるので、もう神様の所に帰りますね」
「ちょっと待ちなよ!自分の気持ちだけ伝えてそれで終わりって酷くないかい?死んでから気づくなんて癪だけど、俺も帝人君の事愛してるんだから、今さら他の所になんて行かせないよ!!」
少しずつ体を浮かせはじめた帝人君を急いで掴もうと手を伸ばすが、今まで触れていたのが嘘のように伸ばした手は空を切った。
「くそっ!!」
「さよなら、です。両想いだって知って嬉しかったです!!」
今まで見たことがないくらいの満面な笑みを浮かべて、静かに帝人君はその姿を背景となじませていく。
「っ!!認めない!!認めない!!俺は絶対に認めからね!!折角両想いだってわかったのにはい、さよならなんて絶対に認めないからね!!帝人君っ!!!!」
完全に消えてしまった部屋に俺の叫び声が虚しく響いた。
俺は、それでもその場から離れることもできず、帝人君がさっきまでいた場所を見上げながら、年甲斐もなく静かに泣く事しかできなかった。