赫く散る花 - 銀時 -
言葉にしなくても、お互い、なにを伝えたいのかがわかる。
今だ。
直後、ふたりとも寺に向かって走り出していた。
寺と道を分けているのは竹で作られた低い垣根で、銀時と桂はそれを越えてなかに侵入した。
気配を殺し、庭の木々に隠れるようにして進んでいく。
そして、本堂のまえのあたりに惣兵衛がいるのを見つけ、ふたりは即座に足を止める。
惣兵衛は僧侶や子供たちに囲まれていた。
僧侶の手には、惣兵衛が車を降りた時に持っていた風呂敷包みがあった。風呂敷包みのなかは、おそらく援助金だろう。
子供たちは背筋をしっかり伸ばして立ち、惣兵衛を見あげている。
ふと、惣兵衛は近くにいる子供のほうに手を伸ばし、髪をなでた。その子供は嬉しそうに笑った。惣兵衛を見る眼には純粋な信頼がはっきりと表れている。
銀時は手のひらを拳にし、強く握った。爪が皮に食い込み、痛みが走る。
遠くの惣兵衛たちから顔を背けると、踵を返した。
垣根を越え、寺の外に出る。黙々と道を歩く。
「銀時」
追ってきた桂が小声で呼んだ。
「いったい、どうしたんだ?」
たずねながら、桂は銀時の横までくる。
銀時はチラと桂のほうを見たが、すぐに視線をまえに戻す。
「……あれ以上、別に見てなくてもいいだろ」
低い声でぶっきらぼうに、そう言うと、銀時は足を速めた。
車を置いてあるところに到着する。
ドアを開けて乗りこみ、助手席に背中を預けた。
フロントガラスの向こうの景色をにらむ。
哀れだと思ったのだ。
あの子供たちが哀れだと思ったのだ。
おそらく、皆、孤児なのだろう。親を亡くしたか、それとも、親に捨てられたのか。どちらにせよ、つらい境遇だ。
苦しい時に優しい手を差し伸べられたら、その手の持ち主のことを大切に思うようになって当然。
それこそが惣兵衛の狙いであるのに、気づかない。気づかないまま、惣兵衛を信じ、尊敬し、そして、恩義を感じ、惣兵衛に尽くそうと思うようになる。
だが、惣兵衛のたくらみに気づかせるのは果たして良いことなのだろうか。
惣兵衛に助けられているのは事実だ。
それに、清吉の遺書に、惣兵衛はなにも悪くない、惣兵衛を恨んでいない、と書かれていたように、どうしても惣兵衛を悪く思いたくない恨みたくないという強い想いが胸のなかにあるのではないか。
真っ暗闇のなかにいて、そこに一条の光が差し込んできたら、その光にすがりたくもなるだろう。心の支えとしたくもなるだろう。
その絶対的に信じているものを否定したくはないだろう。
疑うことすら、心は拒絶反応を起こすのではないか。
そんなふうになるように惣兵衛によって仕込まれているから。
哀れだと思った。
「……なァ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
すかさず桂は訂正する。
そのいつものやりとりに、少し心がなごんだ。
しかし、そのやりとりがしてみたかっただけで、呼びかけた後の台詞をまったく考えてなかった。だから、思いついたことを、そのまま口に出す。
「なんで、お前は俺をお前の犬にしなかったんだ?」
作品名:赫く散る花 - 銀時 - 作家名:hujio