赫く散る花 - 銀時 -
しかし。
「ただいま戻りました〜。あれ、桂さん、来てたんですか?」
新八が依頼人と思われる青年を連れて現れ、部屋を出ようとしていた桂のまえに立ちふさがった。
依頼人は、時田佐一郎、と名乗った。銀時や桂よりは若く、だが新八よりは年上に見えた。
佐一郎は深刻な表情でソファに腰かけている。その隣には新八が座り、新八の正面には神楽、神楽の隣にして佐一郎の正面には桂が座っていた。結局、桂は帰りそびれてしまったのだ。
そして銀時は、自分専用の机から椅子を持ってきて、桂たちのいるテーブルの近くに置き、そこに座っている。
「で、相談ってのはなんだ?」
銀時がそうたずねると、佐一郎は袴の上で拳を堅く握りしめた。なにかを決心したような表情になり、顔をあげ、銀時の眼を見る。
「僕の友人が三日まえに死にました。深夜にビルの屋上から飛び降りて。自殺したんです」
暗く重い声で、けれどきっぱりと告げた。
部屋の空気が、神楽の帰ってくるまえのように、緊張する。
「……自殺の理由は?」
ふたたび銀時は聞いた。
けれど、佐一郎はすっと眼を逸らし、口をつぐんでしまう。
理由がわからないのだろうか。だから、それを調べるのが仕事なのだろうか。
そんなふうに推測していると、佐一郎の視線が銀時のほうに戻ってきた。
「津倉屋を知ってますか」
銀時の問いには答えず、逆に質問してくる。
だが、まったく関係のないことではないだろうと銀時に考え、自分の発した問いに対しての答えがないことにはこだわらず、返事する。
「ああ。手広く商いして儲けてるよな。うちにも津倉屋で買ったもん捜せばあるんじゃねーか?」
「それに、津倉屋の主の惣兵衛は慈善家として有名だな」
ふいに桂が言った。銀時は桂のほうに眼をやる。
「へえ、そいつァ初耳だ」
「貴様はもう少し視野を広げたほうがいい」
「ああ? テメーみてーな前しか見えてねェヤツに言われたかねーな」
「喧嘩を売っているなら買ってやるぞ?」
「上等だ」
「アンタら、喧嘩してる場合じゃないだろ。話がそれまくりだよ!」
睨み合いながら立ちあがりかけた銀時と桂を、すかさず新八が止めた。
そういえば仕事の話だったと、銀時は浮かしていた腰を椅子に落ち着ける。
一方、桂は鼻をフンと鳴らしてから、着席した。そして、口を開く。
「惣兵衛は、孤児を引き取って世話している寺に多額の寄付をしているんだ。さらに、そうした子供たちが充分な教育を受けられるように奨学金も出している。だが……」
桂は言葉を途切れさせる。なにか、ためらっているように。その眼は伏せられ、長い睫毛が揺れた。
続きを待っていると、桂はテーブルへと落としていた視線をあげ、佐一郎のほうに向ける。
「……それで、津倉屋がどうかしたのか?」
話の方向性をいきなり変えた。
佐一郎はうなづく。
「はい。自殺した友人、清吉君が津倉屋で働いていたんです。清吉君は戦災孤児でした。天人来襲で国が乱れた折に両親や兄弟を失ったと聞きました」
「じゃあ、その清吉は、津倉屋が資金援助してる寺で育ったとかか?」
「はい」
これで津倉屋と仕事の話がつながった。
「清吉君は奨学金を得て、学問所へきていました。僕も同じ学問所で学んでいたので、そこで知り合い、友達になりました」
佐一郎がふっと遠い眼をした。当時のことを思い出したのだろう。
「清吉君はよく言ってました。自分は頑張って勉強して、いつか惣兵衛様のお役に立つのだと。そして、津倉屋での仕事を通して、少しでも世のためになるようなことできればいいと。いつも、ちょっと照れくさそうな表情で、だけど真っ直ぐな眼をして、その夢を語ってくれました。そして、津倉屋への就職が決まり、夢への第一歩を踏み出したのだなと思いました。勤めだしてから清吉君は忙しいらしくて、ここ一年ほど逢うことはありませんでした」
そこまで話すと、佐一郎はしばらく黙りこんだ。やがて無言のまま、左の袂に右手を突っ込み、なかからなにかを取りだす。
「……昨日、僕の家にこれが届きました。清吉君の遺書です」
作品名:赫く散る花 - 銀時 - 作家名:hujio